朝バナナダイエットの時間

「明日のパン」


 ステーキハウスからの帰り道、コンビニを見つけてパピコが入ろうとすると、アタルにあっさりと引き戻された。


「ダメだダメだ、スーパーでバナナを買うぞ」


「まさか・・・バナナでダイエットするっていうんじゃないでしょうねえ?」


 パピコが恨みがましく言う。パピコはバナナが食べられない。


「ああ。明日から朝バナナダイエットをすることにした」


 パピコには、そんなバナナ、と冗談をとばす余裕もない。


「先輩の意地悪」


 パピコは本気でいじける。


「あ、それ。もう先輩って呼ぶの禁止な」


 初めて、アタルが手を繋いできた。

 アタルの手は、パピコよりも暖かかった。

 ごつごつとした手に、パピコは少しドキッとする。

 アタルといると、本当に調子が狂う。


 バナナを見るだけでアウトなパピコは、スーパーに入ると、アタルとは別行動をとったが、スーパーを出ると、アタルにまた手を繋がれた。それがパピコにとっては、嬉しかった。


 晴れて恋人同士となったパピコとアタル。

 パピコが腕枕をするという提案に、アタルは苦い顔をした。


 アタルが筋トレを始めようとするので、パピコは止めて、手を繋いで寝ることで折りあいをつけて眠りについた。


 男ってどうしてそうなんだろうか。

 やれやれと思いながら、朝バナナ&刑務所行きを控えたパピコは、右手に久しぶりに暖かい人肌を感じながら、ぐっすり眠れた。


 翌朝、アタルから出されたシェイクを口に近づけると、鼻にバナナ臭が侵入してきた。寸前で口元から引き離す。


「バナナ入れたね?」


「マジでダメなんだな」


「ずっと言ってんじゃん」


「お前がバナナ食べられんって、詐欺だろ」


 謝るどころか、パピコを詐欺師呼ばわりし始めるアタル。

 行ってきますのキスをする気にもなれず、三角コーナーに捨てられたバナナの皮に、黒マジックで怒りマークを書いて、パピコはそそくさた出掛けた。


 せいぜいこれを見つけて、いやーな気分で大学に行けばいい。

 パピコは、アタルがバナナの皮を洗い物の最中にうっかり見つけてしまい、ゲッと顔をしかめる顔を想像して、少しだけ気が晴れた。


 刑務所に行くのに、念入りに化粧をする気にもなれなかったため、薄化粧のままパピコは青空の下にさらされた。携帯が鳴る。囚人と間違えられないように、とアタルからメールが入っていた。ふんっと鼻を鳴らす。せっかく少しでも気が晴れたというのに、台無しだ。


 アタルに対する苛立ちで、パピコは緊張を忘れていた。

 囚人たちを前にしても、アタルが傍で監視をしているような気がして、堂々と立っていられた。

 独特の空気に包まれた集会室で、何度も練習を重ねた『きよしこの夜』をアカペラで歌う。自己紹介なんていらない。名を歌で表現する。

 そんな吹っ切れた思いで、歌い上げる。


 パピコは、自分の空気に変えられた手応えを掴むと、ベテラン漫才師のように、観客の顔を一人ひとり見る余裕が出てきた。


 パピコの歌に目をつぶって聞き入る者、リズムを刻む者、パピコにガンを飛ばす者、皆色んな過ごし方をしていた。


 ガンを飛ばす者には、アタルがパピコの隣で睨み返しているような気がして、少しおかしかった。


 一番端まで囚人を確認した時、パピコは息を飲んだ。

 歌詞が、メロディーが、パピコの口を通らない。

 途中で止まったパピコの歌に、囚人たちはざわざわし始めた。

 脇で見ていた看守や大学の関係者も、パピコの異変を察知する。


 一番端に座っている囚人は、サリーだった。


「サリー?」


 サリーは、パピコの呼び掛けには応じず、無表情で座っていた。


 何で無視するの? 確かにサリーなのに。


 パピコの歌は、強制終了となった。

 パピコはアタルにかけよっただけだったが、囚人に襲いかかろうとしたとして、無理やり外に連れだされたからだ。


 大学の関係者からは、こっぴどく叱られた。

 音楽は途中で止まるのが一番ご法度とされるため、当然のこととしてパピコは受け止めたが、彼らからの説教は、上の空だった。


 忘れかけていたところに。

 何であんなところにいたの?


 家に帰って、アタルが今日の出来を聞いてきた。


「お陰さまで出禁になりました」


「は?」


 途中で歌が止まり、刑務所を出禁になったことを伝える。

 原因はアタルのせいだということにした。サリーのことはアタルには話せなかった。


「恐るべし、バナナの威力」


 自分のせいにされたアタルは、責任をバナナになすりつけて納得していた。


「明日からは別のダイエットを考えよう」


 頭をぽんぽんされる。

 初めてが増えて、嬉しいはずなのに、パピコの頭の中は、サリーでいっぱいだった。


 明日から別の刑務所侵入方法を考えよう、とパピコは静かに企んでいた。

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