音楽箱を開ける時間

 ブザー音が鳴った後は、観客の時間を責任持って背負わなければならない。


 アーフタクトで音が流れ始める。初めは雨がしんしんと降る場面だ。

 舞台の場数を踏んできたパピコは、空気で観客の反応が手に取るように分かる。


 肩に力が入ったまま音楽箱を開けた観客が、ふっと力を抜いて身を預けたのが分かった。


 雨が強くなり、風も窓を叩き始める。

 音楽箱に顔を近づける者、音楽箱に耳を当てたかと思えば、そのまま音楽箱を振りはじめた者、こちらの予想を上回る反応を見せる観客に、パピコは笑いそうになる。


 自然の力を最大限に表現する。

 草木や動物、人間の命の揺らめきに、涙する観客がいる。


 パピコは大草原にジャンプして降りながらも、駆ける馬に合図を送り、並走する。だんだんと息苦しくなってくる。アタルに矢を放たれて、標的だったパピコの代わりに負傷した馬を助けようと、岳の上の一輪の花を採ろうとジャンプする。あの花の中に、馬を治癒させる成分があるのだとアタルが言うので、ジャンプする。なぜアタルの話を信じてしまうのか、ふと考える、という冷静さはパピコにはなく、夢の中のように、ただジャンプしてあの花を採ることに集中する。


 この音楽箱を開けた者たちは、ハラハラしながら、だけども結末を知っているかのように悠然と見ている。


 アタルはヒール役なはずなのに、彼らからは一目を置かれていた。

 不思議なことに、パピコはそれに疑問を抱いていない。


 まぁ、夢の中のようなものだから、当然である。

 パピコは、演奏会中はいつもこのような幻想世界にいた。


 二時間の演奏会が終わり、アタルがパピコに近づいてきた。


 あの花を採る姿が不細工だったと、わざわざ罵りにきたのだろうか。

 アタルならば、それくらいの労力は惜しまないだろう。


 アタルは怪訝な顔つきのパピコに、どんぐりを差し出した。


「美味しそうなどんぐりですね」


 アタルが眉間にしわを寄せて手を引っ込めた。


「お前は何でも食いもんにするんだな」


 アタルは金具をその場で付けた。パピコは黙って見守る。


「これを見て、思い出せよな。自分がこんだけ頑張れたことを」


 今度は、アタルの矢はパピコに命中した。涙が出そうになる。


 引っ込めばかやろう! 

 涙をこらえたパピコはその場でどんぐりのピアスを付ける。


「ありがとうございます! 大事にします」


 パピコの笑顔に、アタルの鼓動が早くなったことなど、パピコは気づかない。


「このドングリは食べません!」


「当たり前だ! 食べたらボコボコにする」


「食べなくてもボコボコでしょう?」


「お前は俺を何だと思ってるんだ」


「あのー、お邪魔なとこ悪いんだけど、打ち上げ行きましょ?」


 いつからそばにいたのか、プーがパピコとアタルに話しかけずらそうに声をかけてきた。


「「お邪魔じゃない!!!」」


 二人は顔を見合わせる。


「あらあら?」


 プーがにやにやしながら二人を見る。


 パピコ、新たな恋の予感!?


 

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