秘密を守れない女の子の話

 言いたいことを言ってスッキリした様子でアタルが帰っていった後、帰りづらくなった仲間たちは、なんとなく雑魚寝の体勢に入っていった。


 みんなが寝付いた後も、パピコは眠れなかった。何年もの間、毎晩サリーを腕枕して寝ていたので、腕枕をしなくては眠れない体になっていたのだ。


 プーの首の下に腕を入れてみたが、どうもしっくりいかない。


 オスのフェロモンに包まれないと駄目なのかもしれない、と、サムの首の下に腕を忍び込ませる。


 サム自体がムーを腕枕しているため、自分まで参加するのは気が引けてきて、腕枕をする人を腕枕する、という一種の挑戦をパピコは断念せざるをえなかった。


 雑魚寝の中から、サリーと体格が似ている手頃な男子を選んで、腕枕をする。


 これで久しぶりに眠れるかと思いきや、アタルの台詞が何度も蘇ってきて寝付けない。


 パピコは苦労して入れた左腕を、起こさないようにそーっと外し、目を凝らして足の踏み場を探し、ベランダまでたどり着いた。


 ベランダのサックスを抱き締める。


「ごめんね、こんなところにしめだして」


 サックスは冷たくなっていたが、パピコはサックスを撫で続けた。

 くしゃみが出るが、パピコは部屋に戻る気はない。

 たくさん、サックスに話しかけた。


「ごめんね、晴れ舞台に立たせられなくて」


 サックスが、きゅうん、と鳴いた気がした。

 サックスが鳴くわけないのだが、そんな気がしたのだ。

 だから、誰にも聞けないことまで言えた。


「私の代わりの新しい人って誰なのかな?」


 そのままサックスと共に、朝日を見た。

 サリーと一緒に夕日が沈むのを見たことはあったが、誰かと日の出を見るのは初めてだった。


 すると、不思議なことに朝日と一緒にパピコの気持ちも上がっていった。


「大家さんに怒られちゃうかもしれないけど」


 そう言いながら、パピコは久しぶりにサックスを吹いた。

 町内に朝をお知らせする。


 サックスの男で目覚めた仲間たちが、ベランダに集まって、パピコを心配しながら演奏を止めさせるような台詞を口にしてきた。

 けれどパピコは、止められなかった。


 サックス専門のコッコ先輩に、パピコは頭を下げて指導をお願いした。


 コッコ先輩は驚きながらも、自分の練習時間を割いて、大学でパピコの練習を見てくれた。死ぬもの狂いで練習していた皆に追い付こうと、パピコは必死で吹いた。


 省エネ教授の目の前で居眠りして小言を言われようとも、五分後には首がコックリコックリ揺れていた。


「先輩、聞いてください!」


 本番前日、パピコは練習終わりのアタルを呼び出し、サックスを吹いた。それは、演奏会で吹くパートだった。


「私を、演奏会に出してください」


 九十度のお辞儀で、パピコはアタルに熱意を伝えた。 


「じゃあ、二人で演奏してみていい方を出す」


 プーの顔がパピコの頭をよぎった。

 プーがまた今の台詞を聞いたら、何様だと怒り狂うかもしれない。


 アタルは、ちょうど帰るところだった、パピコの代わりに入ったという女の子を呼んで、パピコに言った台詞と同じ台詞を口にした。


 ここにきてそんな酷なことを迫られた気の強そうな女の子は、アタルに噛みついた。


「冗談じゃない! こっちがどんな思いで今までやってきたと思ってるのよ」


「どんな思いでやってきたか見てやろう」


 アタルは上から目線で応答する。


 パピコは不満げな女の子と恐る恐る演奏を始めた。


 女の子が生み出す音は、性格が遺伝しており、主張がはっきりしていた。

 コッコ先輩とは違い、やりにくい。


 パピコは、女の子の音と手を繋ぎながら、他の音も、ちゃんと入るようにスペースを考えて音楽の箱の中に入った。

 ドキドキわくわくしながらお弁当箱を開ける、お腹を空かせた子供のように、音楽を欲する人たちが、音楽箱を開けた時に、キラキラした笑顔で溢れるように。


 演奏中、リズムを取りながら聞き入っていたアタルは、終わった後も、しばらく口をつぐんでいた。


 パピコは、拝みながら結果を待っていた。


「パピコ」


 名前が呼ばれて、パピコは目を開けた。


「明日九時に講堂に来い。絶対遅れんな?」


 パピコは声に出さずに頷いた。


「ちくしょう、ふざけんな」


 パピコは、捨て台詞を吐いて帰る女の子の後を追う。


「あの、ごめんなさい」


 ぷりぷりしていたはずの女の子は、振り向くと、ケロッとしていた。


「いいのいいの、練習だけよろしくって言われてたんだから」


 え?


「どういうことですか?」


「鈍いわね、アタルはもともとあなたを本番に出すつもりだったってことよ」


 パピコが絶句していると、女の子がペロッと舌を出した。


「あっいけない、秘密にしとけって言われてたんだった」 


 サックスを友達に帰さないといけないから、と言って、女の子は帰って行った。

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