首を切られた時間
朝は好きな人からのキスで目覚めるの。
カーテンを開けると、朝日を浴びてビタミンEを取り入れてね。
卵焼きとウィンナーを焼く匂いに包まれて、腹が順調に膨らんできた頃には、好きな人から、可愛いねってビタミンラブを注入されながら、おでこにキスをもらって、出掛けるの。
好きな人は、家事をしながら私の帰りをひたすら待っていてほしい。
そんな願いを叶えてくれたのは、サリーだった。
パピコはサリーとの思い出を振り返っていた。
鏡の前で歯を磨きながら、出てくる涙を見つめていた。
腕をクロスして、互いの歯を磨くことは、もうできないのだ。
サリーが蒸発して、もうすぐ一ヶ月。
クリスマスをひとりぼっちで過ごすのは、何年ぶりだろう。
朝からコンビニ弁当を食べる色気ない生活は、いつまで続くのだろう。
ねぇ、サリー。答えてよ。
パピコは大学にいても、定期演奏会の練習に身が入らなかった。
大学では歌を専攻しているものの、第二専攻のサックスで演奏会に出ることになっている。
全体練習で、指揮を執る教授から集中攻撃されるパピコを心配して、合間の休憩に優しい声をかけてくれる友人に、パピコは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「これだから女は嫌いだ。男の一人や二人くらいで手につかんとは情けない」
そんな中、嫌われたくて言っているのかと疑いたくなるような言葉を口にするのは、二つ先輩のアタルだった。
「そんな言い方なくないですか? この子の気持ちも考えてあげてくださいよ」
プーが庇ってくれたが、アタルは抑揚のない口調で言い返す。
「他の皆の気持ちも考えろ。皆この日にかけてんだ。生半可な気持ちでやられちゃ迷惑なんだよ。切り替えてできねんなら辞めちまえ」
プーが何か言おうとしたが、パピコはそれを制した。
「先輩の言う通りだよ。本番はもうすぐだし、皆が追い込みかけてるときに、ほんとごめん」
「で、やるか? やらないのか?」
「やりたいけど、今の状態ではできないかもしれません」
「じゃあ、お前を降ろすように教授に申し出ておく。お前の代わりはいくらでもいるんだからな」
最後の台詞に、パピコはズキッと胸を痛めた。
パピコはそのまま練習を引き上げた。
「何あいつ、どの立場から物を言ってるのって感じよね。お前に何の権限があるんだよっつって」
練習を終えたプーは、ご乱心だった。
「でも、先輩が正しいよ。皆が一つにならないと、いいものは作れないし」
それに、と、パピコは続けた。
「自分からは降りるなんて言えなかったから」
外してもらって楽になった。パピコは心の中で、そう呟いた。
いつの日か、サリーに作って温めておいた『楽になって』
その日の夜に、そのアンサーソング『楽になったよ』を書き上げて、風呂の中で歌い上げた。
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