木枯らし一号の時間

 この空気を一変させなくてはと、サリーは手慣らしにパピコに感激の舞を披露してほしいとねだった。


 最愛の人からのリクエストに、パピコは満更でもないようだが、一応恥じらいはあるらしく、もじもじしている。


 それでもサリーが手拍子をはじめると、クルクルと舞始めた。

 悲しき性だな。

 サリーは哀れんだ。きっとパピコは、リズムを刻まれると嫌でも体が勝手に動くのだろう。


「うにゅ? ぽへ?」


 パピコから漏れる困惑の声が、サリーの推測がとんちんかんなものではないことを、証明している。伊達に何年も一緒に暮らしていない。


 サム&ムーの後ろで見ていたサリーは、二人の肩が揺れているのに気がついた。笑ってはいけないと思っているところを見ると、サリーの真意には気づいていないらしい。 


 折り鶴のようなポーズでフィニッシュを迎えたため、サリーはパピコストップをかけて、サム&ムーに折り紙を配布した。


 サリーは、皆でパピコのポーズを折り紙で折ろうと言ったが、すでにサムがぐちゃぐちゃに丸めていた。


 お気に召さなかったのか?

 現場に一瞬緊迫の空気が流れる。

 すると、ムーが慌てたように言った。


「ごめんなさい。この人、折り紙をしたことなくて」


 サリーは大打撃を受けた。音大生のぼっちゃんは、育ちが違うのか?

 サリーの視線に気づいたサムも、気まずそうに下を向いている。


「もう動いても・・・いい?」


 パピコが踏まれた虫のような声を出す。


「はぁ」


 腑抜けた返事がサリーの口をく。


「皆でハロウィンにまつわる歌でも歌いましょう」


 感激の舞から解放されたパピコの提案に、最愛の&ムーはほっとしたように見える。


「クリスマスソングならまだしも、ハロウィンソングで浸透してる歌なんてあるっけ?」


「浸透させたい歌ならあるわ。実は三人で猛練習をつんだの」


 パピコがそういって、サリー以外の三人が顔を見合わせて歌を歌い始めた。


 サリーはただ耳を傾けるだけでいいと油断していると、


「2回目からサリーも入ってきてね!」


 とパピコから無茶ぶりが入ったので、がむしゃらに覚えた。


 最初は見よう見まねで歌っていたが、歌詞を自分の中に落としこめるようになると、ある違和感に気がついた。


 普段仮装をしており、年に一度のハロウィンだけは仮装を外すことができると言っており、本来のハロウィンとは真逆の歌詞に思えた。


 歌えば歌うほど感情がこもってきて、三人ともかなり曲入り込んでいる。


 いつの間にか、サビはサムのソロになっていた。

 パピコを中心に、体も動き始め、ミュージカルと化していく。


 僕が僕でいられる特別な日♪

 仮面を海に投げ捨てろ♪

 君も外せるはずさ♪

 外し方を知らないだけ♪

 外せることを知らないだけ♪


 君ができないならば、僕が君の代わりに外してやる♪


 サムが歌いながらサリーに近づいてきた。先ほどからちょくちょく視線を感じてはいたが、近づいてくるとなると、身の危険を感じる。


 サムがサリーの顔を想いきり引っ張る。パピコに目で助けを求めたが、彼女はその様子を真剣な顔をして見ていた。

 痛いだけの時間が続く。


「パピコ、彼は人間だ。間違いないだろう」


 サムは大真面目に当然のことを証明した。

 ところがパピコは、信じられない台詞を口にした。


「そんなはずない! もっとよく調べて」


 サリーはパピコの台詞に動揺しながらも、されるがままに縦に横に頬を伸ばされた。


「どういうこと?」


 サリーはパピコが納得するまでサムに顔を引っ張られた後、自分に疑惑がかけられていることを知った。


 全てを知ったサリーは、そそっかしいパピコを許せず、その場で距離を置きたいと言った。サム&ムーがいるのにも関わらず。


 焦ったのだろう。パピコは口をまくし立ててあれこれ言い訳をしたが、サリーは考えを改めることはしなかった。


「パピコが勘違いしてしまったのは、彼女がそそっかしいからだけじゃないんだ」


 サムは、パピコを守るために、サリーに自分の正体を明かした。


「パピコはもし君が人間じゃなかったら、早く打ち明けて楽になってほしいと思ってたんだ。パピコは君が狼だとしても、君への愛は変わらなかった」


「へえ」


 サリー内心嬉しかったが、それを他の男の口から聞きたくなかった。

 パピコが自分以外の男にそんな話をしていることが、想像もしていなかっただけに、やるせなかった。

 サリーは家を出ていった。


 サリーがドアを開けたとき、冷たい風が入り込み、残された三人にはそれがサリーの置き土産に思えた。  

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