れれれの時間

 サムまであと数メートルのところで、別の女の子に先を越されてしまった。背がちびっこくて、顔がまんまるく、仲間からムーと呼ばれている愛くるしいタイプである。


 先ほどまでサムの隣の席に座っていたムーは、馴れ馴れしくもサムの腕を取ってどこかに行ってしまった。


 サムとは午後の発声練習で一緒になる。その時でいいか。パピコが出直すことを心に決めた瞬間、ムーがパピコの方を勝ち誇った目で見てほくそえんだ。


 パピコは呆気に取られた。親友のプーが声をかけてきたので、

「ねぇちょっと今の見たあ!?」

 と興奮ぎみに体を揺すると、

「何が?」と見ていないのが丸わかりの台詞を吐いてくるので、ろくに相手を

せずに二人を追いかけた。後ろからプーが叫んでいる。


「ねえパピコ、次のコマどうする?」


「アーリンたちといて。私はやることがあるから」


 パピコは見えない銃を持って教室を出る。


 次のコマは空きコマだったため、パピコは気兼ねなくストーキングすることができた。 


 トロそうな女だった。まだそんなに遠くには行ってないはずだ。

 パピコは自慢の嗅覚で二人の行方を追うと、すぐに尻尾を掴むことができた。

 二人はキャンパス内のコンビニでお菓子を選んでいた。

 サムがムーにささやきながらお菓子を手に取り、ムーは品のある微笑みを浮かべている。彼らの間には上質な音楽でも流れているようだった。

 ムーは今もなお、サムの腕を掴んでいるのを見て、パピコは見えない銃を構えた。

 どういうつもりよ、あの女。


 ゴミ箱の裏に身を潜めていると、通りすがりの音大生から異様な視線を注がれたが、パピコはそれで引き金をひくのを躊躇うような人間ではなかった。


 二人がレジで精算に夢中になっている間に、ゴミ箱から覗いてムーに銃口を向けるが、手前にいるサムが邪魔で中々打てない。


 おどきなさいっサム!


 テレパシーが通じたのか、サムがしゃがんだ。その隙に、何度も引き金をひく。


 何度も撃たれたムーは、れ? れ? れ? と声をだしながら、スローモーションでその場にしゃがみこんでいく。


 任務完了。

 パピコは見えない銃にふっと息を吹きかける。テレビドラマで一度はやってみたかったポーズだ。


「あんた、何やってんの?」


 ぎょっとして振り返ると、プーが怪訝な顔をして立っていた。


「あなたこそ、どうしてここに? アーリンたちは?」


「呑気にアーリンたちとおしゃべりしてらんないでしょ。あんたの様子がおかしいから、また変なことしでかすんじゃなかろうかと思って着いてきたのよ」


「まきこみたくなかったのに」


 そう言ってパピコはムーを指差した。

 二人は、まだレジにいた。(実はこの時、落ちた小銭を拾ってお釣りが出ないようにぴったりのお金を支払っていた)


「サムとムーがどういう関係なのか、突きとめてちょうだいっ」


「あんたってばまたすぐにそうやってなりきるんだから」


 プーは呆れていた。


「あんたはここ最近様子がおかしかったから知らないかもしれないけど、あの二人は付き合い始めたのよ」


 パピコが固まっていると、プーが冷めた口調で言った。


「なに? あんたサムが好きだったの?」


 パピコは何も答えずに、相変わらずゴミ箱の裏から彼らを見ていた。


 こんなとき、カスタネットが代わりに返事をしてくれればいいのに。

 いや、ここはシンバルの方が色んなことが色々伝わるかもしれない。

 とにかくパピコは、いま音楽の存在意義を思い知っている。

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