第44話 選べ
ドドドド、ドゥンドゥンと芝刈り機が唸りをあげて、伸びてきた雑草をことごとく刈り取って行く。最初は慣れなかったけど数日動かすことで、なんとか真っ直ぐに進むようになってくれた。
これが終わったら飼育小屋の餌やりだ。
「おおーい、青木くんー」
枝の手入れをしていた年配の仕事仲間から声がかかる。
この人、歳の割にものすごく元気で小柄なのにクソ重たい肥料袋を軽々と運んでしまうのだ。俺も将来この人ほどとはいかないまでも、健康でありたいと思う。
「はいー、何でしょうか。鈴木さん」
「餌やり終わってからでいいから、小屋の屋根見てくれないか」
「あ、雨漏りしてましたよね」
「修理は俺がやるから、青木くんはどこがダメになってるか調べてくれないか?」
「分かりました!」
よし、ちょうど草刈りが終わったから、飼育小屋に行こう。
あ、うん。そうなんだ。
俺は職場を変えた。といってもコンビニもすぐに辞めるとシフトが厳しくなるから、週二回くらいコンビニバイトもしている。
といっても、来月にはコンビニバイトから完全に撤退する予定なのだが。
俺は先日受けた二つの面接のうち後から受けた方で採用された。最初の半年くらいはバイトとして様子見で、見込みありそうなら正社員となれる。
ここは大きな公園の管理を委託されている民間企業で、国から管理費をもらって公園の整備からプチ動物園でのふれあいコーナーの開催まで幅広い業務を請け負っている。
年配の方が多い職場だけど、息子や孫扱いされ可愛がられるのも悪くない。
って回想している場合じゃねえ。餌やってから飼育小屋の屋根まで見なきゃなんねえのに。
俺は飼育小屋の動物たちへ順に餌をやっていく。
しかし、つぶらな赤い目をしたウサギさん達へ餌をやる時は未だにビクッとしてしまう。
「同志青木」とか言い出しそうで怖い。そして、サブマシンガンを構えたあの子が! う、うわああ。
よ、余計な事を考えるな。感じるんだ俺。
次に飼育小屋の屋根を見てみるが、どこが破損しているのかパッと見ただけじゃ分からないな。水を流せばすぐに特定できるだろうけど、鈴木さんに聞かないと。
そんな感じで新しい職場で働き始めてから一週間が過ぎる。
今日は異世界逝き喫茶店に逝く日だ。マスターとミオへチーズケーキのお土産を持ってウキウキといつもの交差点に向かう。
懐からベルを取り出し、チリンチリンと鳴らそうとしたら先んじて喫茶店が出現する。
見てたな……ミオとマスター……まあ、いつもの事か。
喫茶店に入るとミオが口元だけに笑みを浮かべて会釈する。俺は手をあげて挨拶し席に座った。
「コーヒーをお持ちしました」
「ありがとう、ミオ」
やっぱ可愛いよなミオは。ちっぱいだけど。
抱きしめてくれたり、耳にふーふー、それに最高の笑顔を見せてくれたりしたけど、まだな事がある。
社員になったら、迫ってやるんだからな。ミオとちゅーしたい。
なんのかんの異世界では何度か女の子とちゅーしてるけど……う、うう。お、思い出したくない記憶が溢れて来やがるぜ。鎮まれ俺の右手!
「全く……何をされているんですか?」
「あ、いや。男の子にはそんな時期があるんだ」
「そうですか」
むっさそっけない。いやここで逆に食いつかれても俺の羞恥心と右手と左目がもたないが。
「ところで、逝く世界は決められたのですか?」
「うー、これからだよ」
異世界逝きをやめるつもりは毛頭無いけど、大きな目標だった就職に目処がついた。だから、職業体験をする必要は無くなったんだ。
でも、見てみたい世界は沢山ある。身近?なところだと、現実世界でも写真で見ることができる宇宙の星とか、宇宙船に乗ってみたりとか。
他にも雄大な地球にない異世界ならではの建物や自然も見に逝きたい。空に浮かぶ都市みたいなやつ!
「おい、青木。俺がいくつか見繕ってやったぞ。喜べ」
「い、痛ぇええ。こ、この感触……カラスか!」
全く気がつかなかったぞ。予兆さえまるで感じさせなかったんだから……。
だがしかし、俺の頭の上にカラスが乗っかっていることは確かだ。
「あ、あれ。カラスが喋った?ミ、ミオ。ここって現実世界だよな?」
「いえ、狭間です」
ミオの返答はそっけない。何を分かってることをいってるかしら、坊や?って感じだ。
「そ、そういや、そんな事を手紙に書いてたな……しかし、何でいきなりカラスが?」
「いろいろ協力してくれたからよ。俺もお前を手伝おうと思ってな」
べ、別にカラスの手伝いなんて要らないんだからね。勘違いしないでよね。
「おい、青木」
カラスが耳元で囁く。
「ん?」
「お前、ミオと交尾したいんだろ?俺が手伝ってやるって言ってんだよ」
「カラスに人間の恋愛が分かるわけねえだろ……」
「いろんな世界を俺が提案してやろう。そうだな、お前の脳みそだと一度に三つくらいまでか。選べるように三つ案を出してやる」
「お、おう」
提案するだけかよ。ポイント無しでついて来てくれるならまだしも……こいつ、俺の異世界生活を笑いたいだけじゃないんだろうか?
いや、そんな展開は差し押さえます。
何て考えてたら、テーブルの上に三枚のA4用紙が現れていた。
どれどれ……
『カラス先輩と逝く温泉ツアー。ポロリもあるよ』
『偉人の足跡を偲ぶ旅。歴史の都ローマ』
『南の島で魅惑のスキューバダイビング』
ちょ、完全に観光じゃねえか。異世界逝きと全く関係ねえぞこれ。
「温泉……ですか」
「ミオも行く?」
「ご迷惑でなければ……」
風呂上がりのミオの上気した桜色のお肌。風呂の後、ビールをくうううと飲んで……なんだかいいムードに……こ、これは行けるかもしれんな。
「行こう、ミオ」
「とてもいやらしいことを考えてらっしゃいましたね」
「い、いやいや、そんなことは」
「まあいいでしょう。いつもの事ですし」
「やったあ! 温泉、温泉」
子供のように万歳をして全身で喜びを表す俺にミオも嫌な顔はしなかった。
お、しかもこれ。ポロリもあるの?
ミオはポロリするほどのもの……せ、背筋が何故か凍る。
「良一さま?」
「じょ、冗談じゃないか!」
よおし、次は温泉宿だ!
どんな冒険が待っているのか楽しみだ。まさか、ダンジョンの奥深くとかじゃあねえだろうな。
「では、逝きましょう」
「おー!」
口元だけに笑みを浮かべたミオへ俺は力強く頷きを返すのだった。
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