第45話 温泉宿にて
「それでは、異世界体験版をお楽しみください」
ミオはスカートの両端をつまんで優雅に礼をする。
どうやらここはしゃれた板張りが印象的なロビーのようだ。俺は玄関に立っていて、ここで靴を脱ぎ中に入る感じになっている。
右手には一枚板で作られたテーブルに、和風モダンな焦げ茶色のふかふかしたカウチ。
反対側はカウンターになっていて、ポニーテールの女子高生がにこやかに立っていた。
「ん? ミオはついてきてくれるんだよね?」
「そうでしたっけ?」
え、待って、待ってくれ。カラスにも温泉がいいなとか言ってたよね?
俺が不満を露わにしていると、ミオはクスリと笑い怜悧な顔を向ける。
「よろしいですか? ポイントがかかりますが?」
「あ、そうか。今回は普通にポイントを使って来ているんだった……」
「またいつものごとく抜けてらっしゃると思いまして」
澄ました顔のミオ。
うん、言う通りだ。抜けていた。しかし、もう俺は風呂上がりのミオを見ることで頭がいっぱいなのだ。百時間働けばいいだけだろう?
いいですとも。
「ミオも一緒がいい。行こう?」
「はい」
ミオは少し頰を染め俺を見上げてきた。いつもの冷たい感じじゃなく子供っぽい仕草にキュンとする。
俺はミオの手を握り一歩前へ進もうとしたら、時間が動き出した。
「いらっしゃいませ! ようこそおいで下さいました」
俺たちに気がついたセーラー服の女の子がパタパタとこちらにやって来る。
こ、この宿、じょしこーがもてなしてくれるのか? け、けしからん。
けしからんといえば、この女の子は桃だ。ちょうどいいサイズ。いや、手に余る。慣用的な意味じゃなくペローンした時に溢れ出るという意味だ。
しかも、少し垂れ目でおっとりした印象を与える美少女だ。ミオと雰囲気は異なるがこの子……顔がありえないくらい整っている。シミどころかホクロ一つ見当たらない。
なーんとなく、人間じゃないのかなあとか思うが、構いませんとも! 可愛ければ。俺は差別しません。
「良一さま、いやらしいことばかり考えてないで、泊まるんでしょう?」
ミオに肘で腹をツンツンされる。いや、ドスドスされた。い、痛い。
もんどりうって倒れそうになったが、じょしこーの前でそんな姿を見せるわけにゃあいかねえ。
「一泊一部屋でお願いできるかな?」
「お部屋はダブルでよろしいですか?」
「ダ……」
ミオに口を塞がれた。は、離せええ。
「ツインでお願いします」
ミオは無表情にじょしこーへそう返してしまった。
「それでは、お一人さま4280円となりますのでお二人で9560円になります」
「安! ご飯もついてるの?」
「もちろんです。バイキングになりますので食堂に来てくださいね」
ペコリとお辞儀をするじょしこー。勢いよく動くものだからおっと、ミオが睨んでる。危ない危ない。
「では、部屋までご案内しますね」
「手、手うを?」
「ダメでしたか?」
じょしこーは俺の手を握りしめたまま、潤んだ目で見つめてくる。
そ、そんな目で見つめないで、惚れてしまうやろお。お、俺にはミオが……。
「良一さま、いつから私が?」
冷気、冷気を感じる。
俺は仕方なくじょしこーから手を離し、ミオと手を繋いでもらった。
後ろから手を繋ぐ二人の姿を見るのもいいもんだ。いやあいいね。美少女二人がキャッキャしてるのは。
ルンルン気分で部屋まで行くと、すげえ。これ本当にあんな値段で泊っていいのかな。
ピッカピカの和風モダンで部屋も広い。十二畳もある畳に別途テーブルと椅子が二脚置かれている。テレビもでけえ。こいつはすげえぜ。
そして地味に旅館によくある千円のむふふんサービスも無料で楽しめるみだいだぞお。い、いや、ミオがいるから見ないけど。
「ごゆっくり、おくつろぎくださいね♪ お風呂の準備もできてます」
「食事はまだかな?」
「はい。お食事は十八時からいなってます」
じょしこーはペコリとお辞儀をして、部屋から出て行った。
ふむ。風呂か。
「ミオ、お風呂行こう」
「はい。構いませんが……」
「一緒に入る?」
「男湯と女湯で別れているのではないでしょうか?」
そ、そんな冷静な突っ込みをしないでいただきたい。他にも宿泊客がいるだろうし、混浴はないよな。
部屋には内湯はないし……。し、仕方ねえ。
「じゃ、じゃあ、お風呂あがったら牛乳飲んで卓球しようよ」
「分かりました」
わーい、わーい。
俺はステップを踏みながらお風呂に向かう。後ろではミオがやれやれと言った様子でついて来る。
脱衣場ですっぽんぽんになって、いざ行かん。大浴場。
――ガラリと扉を横に空ける。
お、おおお。すげえええ。ゴージャスな総檜風呂がでーんと鎮座しておられて、隣にはジャグジー、反対側にはなんだろう、香草風呂かなあ。外に出る道もあって露天風呂まで見える。
まずはあ、体を洗ってからどぼーんしよう。
いやっほー。
洗い場はなんだか湯気で曇っているけど、広い。一度に二十人くらい洗えるほどだ。
ん、人影が見えるな。先客かあ。
「すいませんー、失礼します」
「いらっしゃいませ」
ん、なんだこの、鈴が鳴るような可愛らしい声は……。
え、えええ。
「従業員さんじゃないあですかああ!」
び、ビックリした。
なんと、先ほどのじょしこーがタオル一枚体に巻いた姿で風呂椅子に腰かけているじゃあないか。
あれ、ここってそんなサービスのお店だっけ? ん、いや、待て待て、さすがの俺でもじょしこーはダメだ。捕まっちまう。
で、でも、桃が桃が俺を呼んでいる!
「よろしければお体流しますよ?」
「そ、そう?」
俺が君のお体を流したい。そして……ポロリと。
あ、あああ。
「どうされました?」
「あ、いや……」
俺、すっぽんぽんですがなあ。ハンドタオルさえ持ってない。
「大丈夫ですか?」
焦ってワタワタしていると、じょしこーが立ち上がり上目遣いで見つめてくる。
「あ、ああ。いや、タオルを……」
「タオルですか? あ、これ、使います?」
「そ、それは……」
ちょっと待てええ。首をかしげて「使います」じゃねえよ。
こ、これは、来たかもしれんな。
できますできますが。
「と、取ってくるから……」
「待ってますね♪」
――しばらくお待ちください。
戻った。風呂椅子に腰かけると、じょしこーがうんしょうんしょっと背中をゴシゴシしてくれている。
いいのか、俺、本当にこれでいいのか? どこかに罠があるはずだ。きっと。ミオが見ている? いや、彼女は風呂だ。ここにはいない。
「あ……」
じょしこーの声。
それと共に、床に何か転がる音がした。
石鹸でも落としたのだろうか。ここは拾うフリをしてむふふんしてやるぜ。
振り向く。
ん? 前を向く。
再び振り向く。
「うおおおおおおお!」
く、首が床に転がっているううう。じょしこーは俺に見られたからか、舌をペロリと出して目でごめんねって言ってる。
さ、三連続でホラーか……もうダメ……俺の意識は遠くなっていった。
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