第42話 帰れまテン

 さて、ミオにコーヒーまで出してもらって完全にリラックスムードになってしまったが、店を再開すると言った以上やらねばならん。

 ん? 何でそんな余裕なんだって? 在庫は切迫している。品薄ってもんじゃねえ。だがしかし、俺は新たなスキルを持ち込んだのだ。

 その名も……「密林」。俺の予想通りならば……とんでもなくチートスキルのはずなのだ。

 

 いくぜ、「密林」発動!

 お、おおお。視界にカタログが映ったぞお。なんか、VRMMO物みたいな感じでテンションがあがるう。

 目線を動かすだけで、ページを捲ったり欲しい商品を注文できたりするみたいだな。

 目的はもちろん、魔法スクロールだ。

 

 項目を魔法スクロールに持って行って……中を開く。

 おおおお、出るわ出るわ魔法スクロールの商品一覧がよおお。

 

 試しにあの鶏が買っていったスクロールを閲覧してみる。

 密林では在庫切れ……、だが三十品の出品者が有と記載されているではないか。よおおし、いいぞおお。

 

 悦びいさんでワンクリックで注文を選ぼうとした時、俺はあることに気が付く。

 

「おおおおい、これ店で売る金額の倍じゃねえかあああ!」


 ガクリと膝を落とす俺……これじゃあ仕入れても仕方ねえ。売値より仕入れ値が高いとか。

 

「青木、お前は本当に面白いな! 少し考えてみろよ、こじんまりとしたこの店、宣伝はしたか?」

「いや……何もしていない……」


 カラスの言わんとしたことがすぐに分かってしまった。あの動物たち……全員転売ヤーだな!

 ち、ちくしょうううう。俺が丹精込めて作り上げた三分クッキングになんてことを……。

 

「お、そうだ。これの倍の値段にすりゃいいじゃねえか。仕入れよう仕入れよう」

「それだと全く売れねえぞ? 青木」

「ぐ、ぐうう。いや、売れなくても俺は構わん!」


 いいではないか、いいではないか。

 しかし、じっと様子を伺っていたミオに肩を掴まれる。

 

「良一さま、これを」

「ん?」


 ミオが何か紙片を手渡してきた。

 見てみると……おおおおいいいい。

 

『売上金額が五十万ゴールドになるまで帰れまテン』


 ま、待ってくれ。何だよこの条件。

 カラスに目を向ける……くああ! と威嚇された。

 じゃあ、ミオへ……不思議そうな顔で首をコテンと傾けられる。そ、そんな顔されたら何も言えねえじゃねえか。

 

 どうする。どうする俺。

 

 ◆◆◆

 

「で、青木、決まったのか?」


 カラスがくああとあくびをしながら呆れたように聞いてきた。

 

「つ、作るしかない。五十万なら三日ほど作り続ければ……」

「良一さま、スキルは一つということをお忘れではないでしょうか?」

「あ……」


 そうだったああ! 「密林」スキルを取得した以上、魔法スクロールの作成スキルは無い。

 そう、無いのだ。

 

 頭を抱え、ガクリと膝を落とす俺……。

 こ、こいつは進退極まったかもしれん。

 

「ミオ」

「何でしょうか? 良一さま」

「俺とここで一緒になってくれ!」

「……私は構いませんが……良一さまは本当にそれでいいのですか?」

「やっぱダメだよなあ。え? ミオ?」

「聞いておられなかったのですか? 良一さまは現実世界で就職するという目標があったのでしょう?」

「そうだった。そうだった! ここであっさりと諦めるのはダメだよな。うん」


 しかし、そうは言っても手はない。

 そ、そうだ。

 

「カラス、ミオ、何も魔法スクロールを売らずとも五十万売れればいいんだよな?」

「まあそうだな」


 よおおっし、よおおっし。ならば、こうだ。

 俺は、密林へいくつかの注文を入れる。

 その瞬間……。

 

――コンコンと扉を叩く音かした。

 ってはええええ。何だこの速度。


「何を注文されたのですか?」

「椅子とテーブル、そして、マーケットプレースで魔法スクロールは全て売りに出した」

「ふむ。それでどうするんだ?」


 カラスの問いに俺は自信満々で応じる。


「そのまま仕入れた物を売っても下手したら赤字だ。そこでだな。ここで飲み物と軽食を提供する。これなら俺にだってできるからな」


 コンビニのコーヒーを舐めてはいけない。コーヒーの原価は安い。飲み物は利益率がとてもいいのだ。

 これなら行ける!

 俺はガッツポーズを決めてミオとカラスへ白い歯を見せたのだった。

 

 ◆◆◆

 

 準備を終え、いよいよ開店だ!

 扉の外に出て、閉店の看板を開店に切り替え颯爽と店内に戻る。

 

――二時間経過

 あれええ、誰も来ない。

 

――四時間経過

 何でだ……魔法スクロールにはあれだけ殺到していたのだから、少しくらいは来てくれても……。

 

――夜になった……。

 ダメだ。一人たりとも来なかった。どうしてだ……。

 

「おい、青木、お前、肝心なこと忘れてないか?」

「え?」

「魔法スクロールの時、来た客のことを思い出してみろよ」

「あ、ああああああ! そうか、そういうことか」


 それならはじめる前に言ってくれよ。そうだったよ。この店を訪れた客は全て動物だった。

 つまり、人間用のドリンク類なんど飲めないんだって。だいたい、使い魔をよこして外に出ない連中なんだぞ。わざわざ来るわけがない……。

 

 ち、ちくしょおおう。明日だ。明日には何とかする。

 俺が決意を新たにしていると、ミオがやって来てスカートの端をつまみ優雅に礼をしてきた。

 

「おめでとうございます。良一さま」

「ん?」


 何の事?

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