第41話 使い魔の世界再び

 視界が切り替わり、俺はこじんまりとした店の中にいる。左右の棚に魔法スクロールが整理整頓されているが、在庫の補充が追い付かずところどころ何も置いていない空間ができていた。

 時系列的に俺が投げた直後なのかな。幸いなことにお客さんは店内にはいない。

 止まり木にはカラスが我が物顔で俺の様子を伺っていた。

 

――くええええ。

「び、びっくりするだろ。突然大声出すなよ」

「ぼーっとしていたからな。起きているか確かめただけだ」


 カラスは人間ならやれやれと肩を竦める声色でえらそうにのたまう。

 しかし、今回の俺は以前とは違うぞ。もう在庫に悩まされることはないはずだ。あのスキルが俺の思った通りなら……。

 

 あれ? ミオはどこにいったんだろう?

 今回はついてきてくれるはずなんだけど……さっき俺の前でパンツが見えそうな礼をしていたよな?

 

「ミオか? ミオは奥でお前のために食事を作っているぞ。よかったな青木!」

「お、おお。ミオの手料理!」


 俄然テンションが上がってくる俺。ミオの手料理だあ。食べたら帰ろうかな。うん。


「お前、ミオの依頼を受けてここに来たんじゃねえのか?」

「あ、ああ。そうだった。すっかり忘れていたよ」


 ん、何でカラスがミオの事情とか知ってんだ? はて?

 首を捻る俺の頭にカラスがふわりと乗っかって……。

 

「い、痛い。突くな!」

「相変わらず面白い反応をするな。お前は。さすが俺のみこんだ人間だ」

「え、カラスが俺を呼んだの?」

「おう、ミオに頼んでな」

「そ、そうなんだ……」


 ミオとカラスは連絡を取り合えるらしい。世界が違うんだけど、どうやって?

 あ、そうか。ミオはどの世界でも自由に移動できるからそれでかな。

 なんて思っていたら、またしても突かれた。

 

「考えるんじゃねえ。感じろ。それがお前だろう?」

「そんな考え無しにいつも動いているわけじゃないぞ!」

「いや、お前、どう考えてもこの店は回らないだろ?」

「そ、それを言われると何も言えん……」


 はああ、ため息が出る俺など知ったことじゃないカラスは再び止まり木に移動するとくああと一声鳴く。


「この世界は『熱的死』を迎えようとしているんだ」

「なんじゃそら……」

「深く説明すると長くなる。簡単に言うとだな、食べるに大した労力もなく生きていけるようになった人間たちが次に求めたのは娯楽だった」

「突然話が突拍子も無くなったな……」

「……説明はやめるか……お前に言っても。一言で言うと……」

「お、おう」

「全員もう、楽しみが無くて投げやりになってんだよ」

「ん? 使い魔の動物たちが楽しそうにやって来たじゃねえか」

「それはな、お前の行動が面白かったからだろう」


 カラスは言葉を続ける。

 俺の設定依頼を受けたカラスは依頼を受諾し、俺のために店の設置を行う。備品なども取り揃え、俺がしっかりと魔法スクロール屋ができるようカラスもサポートについた。

 カラスは依頼内容を見ながら既にこの店が立ち行かないことに気が付いていたが、俺がそこで一体何をするのか興味を持ちそのままにしたそうだ。

 で、俺が来て、すぐにへたった。

 

「確かにそうだが……それが……」


 へたるへたる言われて憮然とした顔になる俺へカラスはくああ!と耳元で鳴く。

 み、耳がキンキンするうう。

 

「お前はこれまでに見たことがないくらいへぼい。ワザとやってもここまでへぼい奴なんていないくらいにな」

「……」

「だから、みんな楽しめたんだ。やる気がまた出て来たんだよ。お前なら、この世界にやる気を取り戻せるに違いないと思ったんだよ」

「……き、聞きたくない理由だな……」

「お前はそんな細かいことなんて考えなくていい。店で魔法スクロールを売る。それでいいんだ」

「わ、分かったが……何か納得いかねえ……」


 部屋の隅で体育座りして、肩を落とす俺……。いいんだ。いいんだ。俺はどうせへっぽこだよおお。

  

「良一さま、何かあったのですか? サンドイッチを持ってきました。食べますか?」

「う、うん。食べる食べる!」


 ミオがサンドイッチを作ってくれたぞお。初の手料理だああ。

 ぱあああと途端にテンションがあがり、カウンターに向かう。カウンターに乗せられたサンドイッチは色とりどりで美しい。

 緑、黄色、赤と三種類の具が入ったサンドイッチだああ。

 

「いいのかな?」

「おかわりもありますから、存分に食べてくださいね」

「おー!」


 手を合わせいただきますした俺は、どれから食べるか迷う。

 緑は抹茶系かなあ。カスタードクリームみたいだけど、緑色のペーストが挟まっている。

 手に取り鼻を近づけると甘ーいかおりが鼻孔をくすぐった。

 

 口を大きく開き、思いっきりほうばると口の中に甘ーい味が広がってくる。

 カスタードクリームかな? 抹茶ぽい味はしないなあ。

 

「カラスも食べたいのか?」


 じーっと俺を見つめるカラスの視線に気が付いたので尋ねてみた。

 

「俺は虫が苦手だ。要らね」

「え?」


 思わずミオの方へ目をやると、彼女はぽっと頬を染め顔を逸らす。


「ミ、ミオ?」

「内容は秘密です。どうですか? お口に合いましたか?」

「う、うん。おいしいけど……カラスが気になることを」

「味が大丈夫でしたらそれでいいじゃないですか。ね!」


 俺の口元についた緑色のクリームを人差し指で拭ったミオは、俺の口にそのまま人差し指を当てる。

 舐めていいのかな。舐めちゃうぞお。ペロンと舐める。おいちいいいい。ミオの指い。指だああ。

 

「食事を済ませたら、お店を再開いたしますか?」

「うん、やろうやろう」


 おいしいからまあいいやああ。

 俺は上機嫌に残りのサンドイッチも完食したのだった。

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