第40話 ミオのお願い

「は、入る……?」


 無言で待っていたらミオも無言で、カラスだけがくあくあしているからおずおずと聞いてみた。

 話す声が聞こえないから窓は既に開いているんだけど……。

 

「……」


 ミオは形のいい眉をひそめ、冷たい視線を送るばかりだ。

 や、やめてええ。沈黙はボクニガテなのお。

 いや、ここは落ち着いて考えろ、俺。何かミオをこうさせる原因があるはずなのだ。

 ん、スマホ。スマホは……。

 

「どえええ。こ、これは」


 スマホの画面がつけっぱなしだった。俺は慌ててスマホを真っ暗にすし、ミオの顔をそーっと見る。

 か、勝手じゃねえかあ。俺がひとりの時何を見てもさあ。

 

「……確かにそうですね。しかし……以前からそうでしたが、本をずっと開きっぱなしなのが理解できません」

「ん、本? あ、あああああああ!」


 俺のメロンコレクションが数冊、フローリングの上でオイデオイデしたままだった。

 い、いいじゃねえか、俺の家だし。

 

「まあいいです。入りますよ」

「入るって嫌らしいー」

「……」

「ご、ごめんなさい」


 こ、股間が縮みあがったぞ! こ、怖いよお。

 そんな本気の殺意を向けられたら青木くん困っちゃうー。

 

「トリップはそろそろ終わりでいいですか?」

「は、はい……」


 ミオは俺のメロンコレクションの上にペタン座りすると、目で俺にも座るように促す。

 あ、あのお。何故そこに……。

 

「で、どうしたんだ。ミオ?」

「単刀直入に聞きます」

「うん」

「良一さまは仮想敵きゅぬーがお好きなんですか?」


 え、えええ。いや、おっぱいに貴賤はないのだ。俺はメロンでもオレンジでもおもちでもなんでも愛すると誓う。

 全てが愛おしい。

 

「すいません。今のは間違えました」

「そ、そう」

「嫌らしい雑誌のせいです」

「う、うん」


 のしかかっているしな……後であのメロンコレクションをクンカクンカしようっと。

 

「……この雑誌は燃やします」

「や、やめてえええ」


 ここで、カラスがくええと鳴く。

 ハッとした俺は、そもそも何でミオがここにいるのか思い出した。

 

「ミオ、それで一体何があったんだ?」

「単刀直入に聞きます」


 それさっき聞いたよ。

 俺の心の声なんぞ完全に無視したミオはワザとらしい咳払いをして言葉を続ける。

 

「良一さまは異世界逝きがお好きですか?」

「あ、うん。嫌いじゃあないよ」

「うまく逝っていないことの方が多いように見受けられますが?」


 確かに、その通りだ。

 碌でも無い事になったことの方が遥かに多い。でも、へこむ経験をしようとも、俺は異世界体験をしてよかったと思ってる。

 トラウマは本気で勘弁願いたいところではあるんだけど、異世界に逝くことで普段の俺じゃあ体験できないことを経験でき、その結果いろいろ考えが深まっていった。

 就職活動を始めたのも、バイトの人間関係が改善したのも、バイトでうまく立ち回れるようになったのも異世界体験があってこそなんだ。

 それに、ミオやマスターもいるしさ。

 

「いや、それでも……それでも俺は異世界体験を続けたい」

「そうですか……一つ、良一さまに頼みたいことがあるのです」

「な、何だろう」

「それは……使い魔のいた世界を覚えてらっしゃいますか?」

「うん」


 あれだ。魔法スクロールでヒイヒイ言って投げた世界だよな。

 

「あの世界をもう一度体験していただけませんか? ポイントはサービスします」

「ポイントがサービス?」


 俺が身を乗り出すと、ミオはコクリと頷く。

 だったら逝ってもいいかなあ。でも設定を変えたい。じゃないと、商品の補充が追い付かないもの。

 

「設定も多少変更することが可能です。逝っていただけますか?」

「ミオも逝く?」

「ついてきて欲しいのですか?」

「うん。一人じゃあ……」

「私でいいのですか? ご希望でしたら近い世界観の誰かをお付けすることもできますが?」


 俺の脳裏に「……先輩……」とか不穏な映像が浮かぶ。目、目がでろーんとかもうやめてくれえええ。

 何でそんなことを聞くんだ。思い出したくないのに……。

 

「ミオがいい。ミオがあああ」

「わ、分かりましたから張り付かないでください」

「よしよししてくれたら離れるみゅうう」

「全く……」


 逝ってみるもんだ。背中をよしよしとしてくれたぞお。

 

 ◆◆◆

 

 そんなわけでやってまいりました。いつもの喫茶店。

 ミオがついてきてくれるなら、設定をそれほどいじらなくても大丈夫なんだけど……魔法スクロールの作成速度をあげたいところだな。

 もしくは、お店じゃなくて魔法スクロールを作るだけとか。お店だけで仕入れを行う形とか……。

 

「魔法スクロールじゃなくても大丈夫ですよ?」


 ミオがテーブルにコーヒーをコトリと置きながら提言してくれた。

 なるほど。しっかし、この喫茶店、なんでもできるんだな。一体ここはどんな場所なんだろうとか今更ながらに思う。

 

「聞きたいのですか?」

「え。いいの?」

「今回の件が終わりましたら……」


 ミオはそう言ってカウンターに引っ込んで行く。

 俺が喫茶店の秘密を知ったところで何も変わるわけではないが……それよりむしろミオのサービスシーンを見たい。

 ダメだ。思考が横道にそれた。

 

 ええと、スキルを見直してみよう。スクロール作成じゃあなく何か無いかな……お、とんでもねえのがあるな。これにしよう。本当にこれアリなの?

 ま、いいや。物凄いチート感溢れるスキルでも実際使うとそれほどでもないことを俺は経験上分かっている(除くレンジャースキル)。

 

「ミオ、決めたよ」


 俺はカウンターで佇むミオを呼ぶ。

 

「お決まりになられましたか、では逝きましょう」

 

 ミオはスカートの裾をつまんで優雅に礼をする。

 

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