第39話 停電
戻ったのか、俺は戻ったのか。腰を抜かしたまま床にお尻をつけた状態であわあわと両手を情けなく振るう俺……。
落ち着け、周囲を確認しろ。
――右
カウンターとアンティークな大きなのっぽの古時計が見える。
――左
窓。窓の外には満開になった桜の木。
――前
左右の目の色が違うスレンダーで神秘的な美少女がいる。
大丈夫だ。ここは喫茶店……。
「帰る」と言えた自信が無かったからまだあの恐怖の場にいるか懸念したが、大丈夫だった。
俺は大きく息を吐き、両手を床につく。
「良一さま、お戻りになられてたのですか?」
「間一髪だったよ……何だか、前回といい、今回といい……酷い……」
「良一さまのお好きな展開だったのでは……その……」
「ハッキリと言ってくれていいよ……」
「女の子にそんなことを言わせるのですか?」
「あ、いや……」
何気ないいつもの冷淡なミオの態度にホッとしてしまう。
アレはヤバかった。前回のユウとどっちがと言うと、ユウの方がイッチャッテルが……俺はそんな究極の選択をしたいわけじゃあない。
なんて考えているとさっきのことがフラッシュバックしてくる。
「もう……限界です」と艶やかな吐息を出しのたまった
見つめたら――みるみるうちに肌の色が病的なまでに青白く変化し、あれだけ潤った質感のあった髪の毛が老婆のようにカサカサになってきて……更に右目が眼窩からでろーんと落ちてきて、ぶらんぶらんと揺れていたのだ。限界とは人の姿を保つのが限界ってことなのか、興奮が最高潮になると本来の姿で迫ってくるのかは分からない。
一つ言えることは、普通の人間の感性では力いっぱい悲鳴をあげて逃げ出すってことだけだ。
「同志、何を考え込んでおられるのですか?」
「ど、同志? ぎぃえええええ!」
ゾ、ゾンビ。ゾンビがいるううう。メイド服を着たちっぱいゾンビだあ。
「一言余計です」
「ミ、ミオ……」
ゾンビが頭に手をかけたら、スポッとゾンビの顔が持ち上がり中からミオの顔が出てきた。
な、何だよお。ゾンビマスクだったのか。
し、心臓に悪い。
「じょ、冗談でもシャレになんねえよお」
「そんな驚かれるとは……」
ミオがまだ立ち上がれない俺にのしかかると、俺の耳元へふーっと息を吹きかけた。
「あああ、ゾクゾクするう」
「……」
そのままギュッと抱きしめられると、背中を優しくさすってくれるミオ。
「落ち着きましたか?」
「あ、ありがとう」
いい匂いだー。クラクラする。
ん? もう離れるの?
「あれほど驚くとは思っておらず。今のは……あれです。あれ」
「そ、そうか」
あれね。あれ。
ごめんなさいが素直に言えず、少し頰を紅潮させているミオにキュンとしてしまった。
「また来週ですね」
「そうだなあ。就活もせねばならぬ!」
「どのような職種へ?」
「んー、動物とは相性悪くないみたいだし、そっち方面を受けてみるよ」
「そうですか……」
ミオはクスクスと口元に手を当てて笑い出す。
な、なんだよお。
はっきりと言ってくれよ!
「いえ、先日、使い魔と仲良く遊ばれてたので」
「お、おう」
うん、あの時、次から次へと動物の使い魔が来てモフモフしてる彼らも悪くないなと思ったわけだよ。
現実世界の動物たちは喋らないけど、喋った動物との経験があれば活かせると思ってさ。
あと、カラスのくちばしは痛い。
「では、またのご来店お待ちしてます」
ミオに見送られて家路につく。
◆◆◆
さっそくスマートフォンと買ってきた就職情報誌をフル活用して、飼育員とかの仕事がないか探してみると……二つほどあった。
ええっと、今の時刻は十八時か。これならまだ電話できるかな。
さっそく、その二社に連絡を取り面接をしてくれることになったのだ。
やったね!
あ、どっちも正社員ではないけど一定期間働くと正社員の道もあると書いてる。
よおし、頑張るぞお。
えいえいおー!
俺が部屋で誰も見ていないのをいいことにポーズを決めたその時……ぱちんと電気が落ちる。
て、停電?
マジかよお。
外はもう日が落ち、薄暗くなっている。
部屋の中も当然暗い。
今日は電気を点けっぱなしにしようとした矢先にこんなことになるなんてえ。
ジタバタしても仕方ない。しかし、一人でトイレに行けないと思うほどに暗闇への恐怖感が強い。
だってえ、さっきまで萃香と……。
だ、ダメだ。
こんな時はえっちな妄想をするか、次行く世界設定についてニマニマするに限る。
スマホは動く。充電も満タンだ。
スマホは明るい。閲覧するにまるで問題ない。
スマホは何でも検索したら出てくる。
よし。
俺はさっそく我が愛フォンに命じる。
『きょぬーパラダイス』と。
お、おおお。
うほおおお。
――トントン
ん? 何だこの音?
俺は今、忙しいんだよおお。メロン、ここにもメロン。うっはー。
――トントン、トントン
ぐうおおお。うるせえ。
これは窓か?
窓へ目を向けたら……カラスを肩に乗せたミオが凍りつくような目でこちらを伺っていた。
何で窓なんだよおお。
窓を開けるとミオが憮然とした顔のまま、優雅に礼をする。
ええと、俺の住処はアパートの二階。何でミオが窓の外に立ってんだと不思議に思うが、一目瞭然すぐになるほどと理解できた。
激しくセキュリティレベルが低いのだが、家賃の安い俺の住むアパートには、一階部分の日当たりを遮るようにブロック塀がある。
ミオはその上に立っていたというわけだ。
「どうしたんだ? ミオ」
彼女が俺の家の場所を知っていたことには今更驚かないが、彼女が家にやってくるなんて何があったんだろう。
まさか、俺と……ぐふふ。
「また、いやらしい事を考えてらっしゃいますね……」
呆れたように眉間にしわを寄せ刺すような視線を俺に向けるミオ。
「え、ええと……何かあったの?」
「はい」
ミオは肩に止まるカラスの頭を撫でると言葉を続ける。
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