第34話 服屋さん

 うむ。服屋か。確かにここは服屋である。店内はこの前の魔法スクロール屋の五倍くらいの広さがあるな。

 ここを……確か二人で回す。コンビニと面積は同じくらいだし、まあ問題ないだろ。ちなみに俺に服の知識はまるでない。

 だがしかし! 忘れていないだろうか。俺は一つの「チート能力」を持って異世界に逝けるということを!

 くわ!っと目を見開く俺。誰に向けてって突っ込まないでくれ。

 だってさ、俺の持つチートとは「お客さんの欲しいものが何となく分かる」というとんでもない能力なのだ。得意気になるのも分かるだろう?

 

「……先輩、そろそろ開店……」

 

 ん? 背後から声がしたので振り返ると美少女が立っていた。ミオと同じで清楚系と言えばいいのか、黒髪に前髪ぱっつんで膝丈のフレアスカートにロンT、茶色のブーツを身にまとっている。

 お目目はパッチリで少し垂れているところが愛嬌たっぷりでたまらない。唯一残念なのは、ミオと同じスレンダーボディだったってことか。

 こうボソボソっと影のある感じなのがこれまでにないタイプで新鮮だ。

 

「お、おう。扉を開けて来るよ。ユウ」


 俺はさりげなく彼女の胸元につけられた名札を見て、店の入り口に向かう。

 扉をガチャガチャやっていると、肩に手が。

 

「……先輩、エプロン……」

「あ、そうだった。そうだった。そこに置いておいてくれるかな」

「……それでは時間が……」

「うお、着けてくれるの!? ありがとう」

「……いえ……」


 いきなりの急接近! 背中にちょっと当たってた。当たってたああ。

 いつもやっているバイトと同じだと思ってかなり気持ちが沈んでいたが、これはいいぞ。ひょっとしたら、七日以内に……ぐふふ。

 

 ニヤけていたら、さっそくお客さんが店内に入ってきた。


「いらっしゃいませー」


 俺はいつもコンビニでやっているように挨拶をし、お客さんを迎え入れる。

 最初のお客さんはおしゃれさんなイケメンだった。

 彼はシャツが並んだコーナーを見て回っているが、俺の目には見えます見えます。

 彼が何を欲しがっているのかが。

 

「ユウ、少し店を見ててもらえるかな」

「……はい……」


 俺はユウに断りを入れてから、在庫が置いている部屋へ向かう。

 店頭には置いてないんだ、彼の欲しがっている柄は……。

 

 俺は白赤のチェック柄にワンポイントで矢のような模様のついたシャツを持って青年の元へ颯爽と歩いていく。


「これなんかどうですか?」

「お、おお。カッコいいっすねこれ! 試着していいですか?」

「ぜひぜひ、どうぞこちらへ」


 そんな感じで青年は満足した顔で、俺の用意したシャツを買って帰ってくれた。

 

「……先輩、すごいです……」


 ユウは遠慮がちに顔をあげ、俺を褒めてくれた。キラキラした目がたまらなく気持ちいい。

 しかし、ここで有頂天になってはいけないのだ。他人のふんどし(チート)でうまく逝っているに過ぎない。いつものように調子に乗ると痛い目にあうからな。

 俺だって成長するのだ! くああ。あ、なんか変なのがうつった。

 

 続いて、四十代くらいの夫婦、子供連れの奥様、中学生くらいの男子二名と幅広い年代のお客さんが店を訪れる。

 俺の住む街の服屋に比べれば品揃えは豊富とは言えないけど、この世界だとこれでも種類を集めている方なのだとお客さんと話をしていて理解した。

 チートのおかげで初日とは思えないほどの的確な対応ができているし、何とか迷惑をかけずに一日をこなせそうだ。

 二人でバイトしているんだもの、俺がへたるとユウに迷惑をかけてしまう。この分だとむしろ好感度が上がるんじゃねえか。ハッ、またしても天狗になりそうだった。

 

 客足が落ち着いて来たころ、ようやく休憩時間となり遅い昼食をとろうとエプロンを脱ぐ。

 

「……先輩……」


 ん、ユウが何か言いたそうにおずおずと服の袖を遠慮がちに引っ張る。

 見える見えるぞ。今彼女が欲していることが。


『先輩にお弁当』


 と俺の脳裏に浮かんだのだ。

 

「あー、ユウ。今日、財布を忘れちゃってさあ……」


 ワザとらしく腕を頭の後ろに組んでぼやいてみたら、ユウがハンカチに包まれたお弁当を持ってカウンターの上に置く。


「……先輩……よろしければ……どうぞ」

「え、いいの。嬉しいよ!」


 さりげなーく、ユウの肩に手を置きお礼を述べると、彼女は俺の手に自分の手をそっと被せてコクリと頷きを返す。

――シャラララーン。

 という音が脳内に鳴り響いた気がした。

 ダ、ダメだ。この音色は俺のいけない何かを刺激する。ぐうううおおお。頭を抱える俺。

 

「……先輩?」

「あ、ごめんごめん。持病のしゃくが」

「……大丈夫ですか?」

「手、手があ」

「……熱はないようですね……よかったです」


 ダイジョブだ。ダイジョウブ、オレダイジョウブ。

 このムードなら問題ない。絶対いける。まさか……ユウが男ってわけじゃあないだろ。

 俺は先生をした時のことを思い出していた。あの時、できますできますに警戒し逃げかえったのだ。あれはそのまま行けばいい思いを出来ていたはず。

 あの憎き音が酷い目にあう合図ってわけじゃないんだあああ。

 

 奥の部屋でユウから頂いたお弁当をもぐもぐ。

 お弁当は味よりユウが頑張って作ってくれたんだろうなあという愛情が感じられ、とても満足できた。

 よおっし、お仕事頑張るぞ。

 いつもと同じバイトだとへこんでいたけど、俄然やる気が出て来た。

 

「ユウ、お弁当ありがとう。ユウも休憩してくれ」

「……はい」


 首を左右に振り、軽く伸びをして店内に戻る。


「いらっしゃいませー」

 

 入店したのは若い女性だった。ロングヘア―で大人の魅力ムンムンのメロンさん。年上のお姉さんって感じで実にいい。

 胸元があいている服に白のズボン、長さ控え目なヒールと服装もグッとくる。

 

「こんにちは」


 お姉さんはにこやかに俺へ挨拶をしてきた。にへーと鼻の下を伸ばす俺。

 彼女の欲しいものは……マジかよ。この店……確かにそれを置いてはいるが俺がお相手していいのだろうか。

 ユウを呼ぶべきか。悩んでいるとお姉さんはトコトコとそれが置いてあるコーナーに向かって行く。

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