第33話 次なる考察
「コーヒーをどうぞ」
「ありがとう、ミオ」
ミオがコーヒーをテーブルにコトリと置く。
せっかくミオがコーヒーを持ってきてくれたけど、飲む気力も沸かねえ……。俺はテーブルに突っ伏し「あーあーあー」とブツブツうわごとのように呟いていた。
「お店はどうでしたか?」
「あー、あー、あー。ん? あおきくんのー三分くっきんぐー」
「良一さま……」
ふわりとミオの髪の毛が浮き上がり、いい匂いが俺の鼻孔をくすぐる。
「って、えええ。ミオ」
「ようやく正気に戻りましたか?」
ビックリした。ビックリしたよ。だって、ミオが机に顔を乗せて俺を見つめていたんだから。
そのまま、チューしたらよかった。
「良一さま……?」
「ひゃいいいいい」
ち、近い、近いのはいいが、その凍てつく目はやめてくれないだろうか。
名残惜しいが、俺はぴしいと背を伸ばしガクガク首を揺らす。
「ちゃ、ちゃんと考えてる。考えているからああ」
「そうですか……」
ツンと顎をあげ踵を返したミオはカウンターの奥に引っ込んで行く。
ふう。全くミオのやつ……いかん、これ以上考えるとまた同じことを繰り返す。
俺は学習する男。同じ失敗はしない。くああ! あ、カラスの言葉がうつった。
まあいい、今回の失敗は俺の設定が甘かった。それに尽きる。
普段コンビニでバイトをしているから接客をちゃんとやってればいいとだけしか考えていなかった。店舗運営とはお客さんの相手をするのはもちろんのこと、在庫管理やお金の管理をしていかねばならないのだ。
長期的に運営をしていくのなら、店舗の老朽化や新商品の開発などなどもあるにはあるけど、体験版は七日間。そこまで考える必要は無い。
しかし、設定をしなかった俺が悪いと言えばその通りなんだけど最初からお店の運営が不可能な状態でスタートさせるとか悪意しか感じねえぞ。
何だよ、その聞いてないから何でもやっていいよ的なやり方は。異世界よ、それほどまでに俺を……。
よおし、ならばやってやろうじゃねえか。ふふふ。
商品というものは作るだけじゃない。在庫が無くなったら仕入れを行えばいいんだよ。全部一人でやる必要なんてねえんだ。
それに……いきなり一人で店長とかは敷居が高かった。従業員の一人として働けるような設定にしよう。それに慣れたら次の段階に進めばいい。
あと……魔法スクロール屋世界の一番の問題は……
お客さんが動物だけだったってことだよ!
何故人がいない。せめて亜人。そうでなくても人型。現実世界と違い過ぎたら練習にならねえ。
あ、できれば……メロンをぷるぷるさせた方の接客もやりたい。うふふ。
「お考えはまとまりましたか?」
「うん。来週また来るよ」
「それでは、またのご来店をお待ちしております」
ミオは口元だけに笑みを浮かべて礼をするが、目が笑っていない。何かまずいことを考えていたかな? 俺。
釈然としないまま、俺は喫茶店を後にしたのだった。
◆◆◆
――翌週
五十時間の労働を済ませ、颯爽と喫茶店に入店する。ふんふんと鼻歌混じりに肩で風を切りテーブルに足を組んで腰かける。
「コーヒーをどうぞ」
「ありがとう。ミオ」
キラーンと歯を見せミオに礼を言ったら、彼女はお盆を口元に当て何かに耐えている様子……。
「ん?」
「良一さま……」
ミオは俺の名前だけを呟き顔を伏せる。ん、何だろう。
「ミオ、ハッキリと言ってくれていいから」
「そうですか。では……良一さま、今日はお顔だけでなく動作まで気持ち悪いです」
な、何だってえええ。浮かれ過ぎていたか。
俺は一週間かけて考えたプランが余りに完璧過ぎて態度にまでご機嫌さが出ていたようだ。
「ミオ……設定を聞いてもらえるかな」
俺は何も聞かなかったことにして、本題に入ることにした。
すると、ミオは無言でコクリと頷きを返す。
「今回のコンセプトは異世界の服屋さんだ!」
「はい」
「そこで俺はバイトとして雇われる」
「はい」
「ゆくゆくは社員となり、店舗運営に関わっていくのだ!」
「……」
適当に相槌を打っていただろうミオが黙ってしまった。何だ、何か引っかかるのか。
でも、今回は違うぞ。
街の規模、お店の規模までちゃんと設定をする。使い魔はいない世界にすることも忘れない。ここまでなら今までの俺だって抑えて置くことくらいできる。
だが! これに加え、更なる要素を考えたのだ。それは、人型じゃない知的生命体がいないこと。服屋をやって、一人目のお客さんがドラゴンでしたーとかならないようにな。
やるじゃないか、俺。
これで俺が浮かれていた理由が分かってもらえたと思う。
「設定はそれでよろしいですか?」
「うん!」
ため息をつかれたが、何か抜けがあったのかと不安になってくるじゃないか。
◆◆◆
「それでは、異世界体験版をお楽しみください」
ミオがスカートの両端をつまんで優雅に礼をする。
「ありがとう」
いつもならすぐに消えてしまうミオだったが、首を傾げ何かを言いたそうにしている。
「どうした? ミオ」
「いえ、良一さま、本当にお気づきになられていないんですか?」
「え?」
何だろう。何がダメだった? 完璧で完全なプランのはずだ。
頭を捻る俺にミオが一言。
「お店でバイトでしたら今と変わらないんじゃないですか?」
「……」
時間が止まった空間のはずなのに、俺はぴゅーと吹き抜ける風を感じた。
た、確かに言われてみればその通りだ……。
ガクリと膝を落とす俺が顔をあげた時、既にミオの姿は無かった。
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