第32話 書け書くんだ青木

 仕分けを始めたはいいが……さっきからカラスがとてもうるさい。

 

「青木、分けるならちゃんと分けろ。用途別に分けろ。いいな」


 いちいち的確だから文句を言おうにも言えないジレンマあああ。

 魔法はありとあらゆる場所で使う。魔法は大きく分けて戦闘用と日常用の二つに分けることができる。だから、右側の壁にある棚には戦闘用をまとめ、左側の壁にある棚には日常用をまとめた。

 それに加え、洗浄とか火起こしといった毎日の生活に欠かせないものについて、籠を設けてそこに入れる。こうすることで用途別にすっきりと魔法スクロールをまとめることができたのだ。

 魔法スクロール以外の小物については量も種類も少ないからカウンター上や横に置くことでスッキリとまとまった。

 

「どうだこれで?」


 息を切らせながらカラスを見やると、奴は「まあまあだな、くええ!」とか偉そうにさえずってやがる。

 少しは手伝えよと思ったが、カラスは手がない。つまり……みなまで言わなくてもわかるな?

 

――カランカラン

 その時、扉のベルが鳴り、初めてのお客さんがやって来たのだった。

 

「頼もう」


 店を訪れたのは人間ではなかった。白い道着を身につけた筋骨隆々のカンガルーが、押忍とばかりに両手を振るう。


「い、いらっしゃいませー」


 想定外すぎる動物の登場に声が上ずってしまう俺だったが、コンビニバイト根性を発揮しなんとか笑顔を取り繕った。


「おう、あのハゲの使い魔か」

「ハゲとは失礼な。師匠はボウズなのだ! 押忍!」


 どうやらこいつ、カラスと知り合いらしい。

 カンガルーはカラスには目もつけず、棚から「筋力強化」の魔法スクロールを三つ手に取るとカウンターにポンと置く。

 そ、それ以上どこを強化するんだ……。と思わずカンガルーの肉体を見てしまう。しかし紳士な俺は口に出さず、粛々しゅくしゅくとお会計を行った。


「ありがとうございましたー」

「押忍!」


 腹の袋にスクロールを差し込み、カンガルーは気合のこもった声を残し退店して行く……。


「カラス、あいつは何者なんだ?」

「あいつは……お、青木、次のお客だ」


 カラスの言葉を遮るように、入店のベルの音が鳴る。


 次に来たのはパンダだった。こいつもカラスの知り合いらしく奴と挨拶を交わしている。買う物は決めてたらしく、目的の魔法スクロールを買ってすぐに帰って行った。

 その次はトカゲ、そのまた次は……。


 お、おおおい。使い魔ばっかりかよ!

 ここは動物園じゃねえんだ。人は? 人は来ないの?


「青木、グダグダしている暇はねえ。来たぞ」


 頭を抱える俺に冷徹なカラスの一言。


「こんにちは」


 穏やかな声色で挨拶をしてきたのは、丸々としたニワトリだった。


「で、デカイ……」

「ははは、また少し太ってしまったのですよ」


 つい出てしまった俺の失礼な言葉にも気を悪くした様子がなく、ニワトリはほほほとばかりに翼を口に当てる。

 い、いや。肥えて大きくなるとかそんな甘いもんじゃねえぞ、こいつ……。

 だって、普通のニワトリが野球のボールだとしたら、このニワトリはボーリングの球だ。それくらいサイズが違う。これ、ニワトリじゃなくて別の何かだろ。


 戦慄する俺をよそに、ニワトリは翼をパタパタさせ俺を呼ぶ。


「この籠に入っている魔法スクロールを全部いたたけるかね?」

「この籠とは……三つありますけど、どれですか?」

「全部だよ、学生寮だとなにかと物入りでね。ほほほ」


 ニワトリが体をぶるると振るうと、羽毛の中から大きなリュックが出てきた。

 なるほど、これに入れろと。

 俺がニワトリに目を向けると、彼はにこやかに頷きを返す。


 よおし、魔法スクロールを詰める詰めるぞおお。


「ありがとうございましたー」

「また来るよ。ほほほ」


 ニワトリが去って行った。


 し、しかし、問題が。


「青木、魔法スクロールの作成だ」


 そう、カラスの突っ込みの通り魔法スクロールの在庫が切れた。それも一番売れるだろう籠の中のやつだよ。


 俺は扉にかけた「営業中」の看板を「準備中」に変えて奥の部屋に引きこもる。

 ここには作業スペースがあり、机と魔法スクロールを作るためのインク、ペンが用意してあるのだ。


 がしかし! 魔法スクロールを作り始めたのはいいのだが、大きな問題に気がつく。

 それは、酷く基本的な問題だった。

 魔法スクロールを一枚作成するのに一時間もかかる。

 さっきのニワトリが買っていった分だけで二十枚。


 つまり……


「補充が無理だろこれ!」

「やかましい、とっととやれ青木」


 あーだこーだ言いながら、店を閉めたまま深夜まで俺の魔法スクロール作りは続く。


「あおきくんのお、魔法スクロールの三分くっきんぐー、はじまるよおお」

「くええ!」


 ノリノリな俺にカラスが嫌そうに一声鳴く。


 まずは、魔法スクロール用の布に近い手触りの紙を用意します。紙は大きなロールに巻かれているから、そのままだと内側に巻いてしまって使えないゾ!

 反対向きに少し巻き巻きしてー、ほーら真っ直ぐになったー。やったね。

 そしてえ、マジカルインクで魔法陣を描くんだぜえ。やっほーい。

 え? インクは何で出来てるんだって?

 それは……教えてあげないよ! ははは。


「お前、知らないだけだろ」

「ど、童貞ちゃうわー!」


 カラスが変なツッコミをしてくるから動揺してしまった。

 あれ、俺は何をしていたんだっけ?


「お、ようやく正気に戻ったようだな」

「あれ、今何時だろ?」

「さあな、俺は時間てもんは知らないから分からん。が」

「が?」

「もうすぐ夜が明ける」


 な、なんて事だ。徹夜してしまったというのか。そら、よく分からんテンションになるわな。


「カラス、付き合わせて悪かったな。寝ようぜ」

「……店は開けないのか……」

「少し、ほんの少しだけ寝るだけだよ」


 てへへ、ごめりんこ。

 あ、また変なテンションに。これはダメだ。

 少し寝る。

 俺はそのまま机の上に突っ伏しておやすみなさいをするのだった。


 ◆◆◆


 ん、んんー。体が痛い。

 机から顔をあげると、頰がぺりぺりとする。ヨダレが乾いたせいだな。うん。

 誰も見てないし問題ない。


 えっと、カラスはっと……ふむ。止まり木の上で船を漕いで器用に眠ってるな。

 あいつにはずっと付き合わせてしまったから、このまま起こさないようにしよう。俺はふふふと微笑し、カラスを生暖かい目で見やる。


 よおし。

 立ち上がり思いっきり伸びをすると骨がバキバキと鳴る音がして、続いてふああと大きなあくびが出る。


 コーヒーはあったかなーと部屋を漁ろうとしたら、外の扉を叩く音が耳に入る。


 まだ魔法スクロールの準備ができてないんだがなあ。

 俺は在庫が補充できてないことに若干の罪悪感を感じながらも扉を開く。


「え、えええ!」

「魔法スクロールをください」

「頼もう」

「籠ごといただこう」


 外には動物たちの列。列。列。

 みんながみんな魔法スクロールを待ちわびているようだ。


 これは、無理だろ。何でこんなに大盛況なんだ?


「くああ! だから動けって言っただろ。魔法スクロールは必需品の割に作成に時間がかかるから、誰も作りたがらないんだよ」


 いつの間にか頭にとまったカラスがくえくえとのたまう。

 作るペースより売れる方が早いとか無理だろこれ。


 ふううと大きく息を吐き出し、吸う。


「ミオ、戻る。戻る」


 いい笑顔で俺は叫ぶのだった。

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