第31話 魔法屋

 ミオと異世界デートをしてから一週間が経つ。

 そして今日、久々の休日だったわけなんだけど……残念ながら面接だったので喫茶店に逝くことができない。ま、まあ、面接も大事なので身だしなみを整え、いざ面接をしてくれる会社に向かう。

 面接してくれる会社は何と有名旅行会社なのだ。これは俺の経験が活かせると思ったね、うん。この数ヶ月でほんといろんな所に逝ったからなあ。


 面接官とのお話も結構盛り上がっていたんだ、が、しかし、最後にやらかしてしまった。


「青木さん、最近逝った所で印象に残った景色はありますか?」


 なんて聞いてくるもんだから、ついこの前ミオと見た幻想的な風景について語ってしまったんだ。そうしたら、途端に面接官の顔が曇り乾いた笑い声が虚しく部屋に響く。

 うん、地球に月は二つないもんな。はあ。


 そんなこんなでまたしてもやらかしてしまった俺は、いつものアンティーク喫茶店に足を運んでいた。


「コーヒーをどうぞ」


 無表情のミオがコーヒーをコトリとテーブルに置く。

 一見平静を装っているように見えるが、肩が小刻みに揺れてるのに俺が気が付かないとでも?


 恨みがましくミオをじーっと見つめていたら、カウンターの奥から大きな笑い声が!


「マスター。笑いすぎですって!」


 ミオから目を離し、カウンターに手をついて苦しそうにしているマスターに向き直る俺。


「……失礼。君とミオの様子がね……」


 絶対それじゃあないだろ。と俺は思ったが、紳士なためこれ以上何も言わないでおく。


「ところで良一さま、本日はどうされますか?」


 ミオの問いに俺は「もちろん、逝くさ」と応じ、大きく頷きを返す。


「では、設定はもうお決めになられましたか?おっしゃってください」

「ちょっと待って。確認するから」


 俺はテーブルに乗ったメニューを開き、思案する。

 ん、リベンジマッチな感じで異世界旅行業なんかもいいなと思ったが、異世界だと魔物が怖い。よって街の中に引きこもる方がよい。あ、現代風な世界ってなら旅行業もいいかも。

 次回はそれにしようかなー。でも今は思いついたままの設定にしよう。

 何をするかというと、俺は気がついたんだ。少しであろうが経験がある職場がいいなーって。

 俺はコンビニでバイトをしている。つまり、お店で接客業をしているわけだ。

 となると、街のお店で店員として働く……いやせっかくだから店主がいいな。そして、せっかくたからファンタジーな世界ぽい店にしよう。


 お、なんだかいいかもしれないぞ!


「ミオ。決まったよ」

「そうですか。お聞かせいただけますか?」


 ミオは口元だけに笑みを浮かべ、顎に人差し指を当てる。あざとい仕草だと思うけど、彼女は素でやっているのだ。

 最初会った頃に比べて随分デレたよなあ。ミオ。


「良一さま、余計な事をお考えにならず、お聞かせいただけますか?」


 背筋がゾクゾクした。そんな凍てつく目線を向けなくてもいいじゃあないか。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ。


「良一さま……」

「は、はい……」


 こ、怖い。でも、少し頰が赤くなっいるのを俺は見逃さなかった。ちょろ……い……あ、やべえ、これ以上はやべえ。


 俺はミオが次に何かをする前に設定をあせあせしながら語る。


「かしこまりました。一応ちゃんとお考えになられてたのですね」

「も、もちろんだとも」


 焦りからか変な口調になってしまった。


◆◆◆


「それでは、体験版をお楽しみください」


 ミオはスカートの両端をつまみ、優雅に礼をする。それと同時に彼女の姿がすううっと消え失せ時が動き出す。


 ここは街の魔法スクロール屋になる。この世界は魔法があるファンタジー世界というオーソドックスなものだ。あまり特殊な設定にすると俺が分からなくなるからな。しかしこの世界独特のことだっていくつかある。

 例えば、識字率が高いこと。学校が義務教育なこと。

 まあ、その辺は俺が設定したわけじゃないが世界観を選んだら自動で付属してきた。

 横道に逸れてしまったが、俺にとって重要な特徴は魔法の使い方にある。

 この世界で魔法を使うには魔法スクロールを手に持ち詠唱する必要があるのだ。つまり、魔法スクロールが無ければ魔法を使うことができない。


 まとめると、魔法スクロールは生活必需品。パンを買うように魔法スクロールが売れるはずということだ!

 楽々店舗経営。初心者の俺にはこれくらいがいいだろう。


 そして俺は自分が店主をつとめる魔法スクロール屋のカウンターの横に立っている。

 店は八畳くらいと狭いが、天井まで届く本棚が左右の壁に設置され、そこに魔法スクロールがこれでもかと詰まっている。他の商品としては、文房具のたぐいがあるみたいだな。

 品揃え自体は悪くないと思う。しかし、ファンタジー世界の性質なのかスクロールが棚以外にも適当に置かれていて店内は雑然としている。


 店舗スペースはこれで全てとなるが、奥に続く扉があって、倉庫、居住スペースがある……はず。


「おい、青木! ボサッとしてねえで動け」


 奥の扉に手をかけたところで、何処からか声をかけられた。

 お客さんの姿は見えないが……はて?


「どこ見てんだ、青木? また交尾のことでも考えてるのか? そんな暇あるなら働け」

「う、うお。カラスか。カラスが喋ったあ!」

「お前、大丈夫か? もともとオツムは弱かったが、ここまでじゃ無かっただろ」

「君は?」


 そうなんだ。俺に声をかけてきたのはカラスだった。彼?はカウンターの横にある止まり木に立っていてくあくあと俺を威嚇している。


「全く……俺はお前の使い魔だろ? もっとも、使い魔ってのは世間がつけた名称だけどな」

「お、俺の……」

「俺とお前に限って言えば、お前が俺の舎弟みたいなもんだな。くええ!」


 偉そうにカラスがさえずっていやがる。人間さまにたてつくとはふてえカラス……だ……。


「い、痛ぇええ! こら、頭を突っつくな!」

「余計な事を考えてねえで動け」


 こ、こいつ、俺の考えていることが読めるのか?

 くああ?


「くああ! じゃねえ、くええ! だろ」

「やっぱり読んでるよね?」

「気のせいだ。くああ!」


 また頭を突かれた。地味に痛くてイラッとする。一瞬もう帰ってやろうかとか思ってしまうが、せっかく来たんだしとすぐに気持ちを改めた。そうだよ、ここに来るために五十時間も働いてんだからな。


「いいか、青木。やる事は山積みだ。魔法スクロールを作るのはお前。店でお客の相手をするのもお前。店を管理するのもお前なんだぞ」

「そ、そうだった」


 悔しいがカラスの言う通りだ。

 魔法スクロールは差し当たり大丈夫……というより何がどんだけあんのか分からねえ。先に整理しないとなあ。


 俺は魔法スクロールの入った棚を見やりはあーと息を吐く。


「青木、見栄えよく片付けても意味がないからな」


 カラスが俺に釘をさす。

 確かにそうだ。いくら整理しても、どこに何の魔法スクロールがあるのか分かってないと話にならない。あれ、さっきも同じようなことを考えていたな。


 まずは魔法スクロールの仕分けから行きますか。

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