第30話 エピローグ

 オススメ料理はファンタジー定番の大き目の肉の塊が入ったシチューみたいなものだった。野菜も大き目に切ってあって、素朴だけど素材の味が存分に味わえる一品になっている。

 惜しむらくはビールが冷たくなかったこと……生暖かいビールって美味しくないよな……若干汗ばむくらいの気温だったから、尚更冷たいビールをキューっといきたかったよお。

 でも、それ以外は酒場の雰囲気、料理の味ともに大満足だったから良しとしよう。

 

「ん、どうしたの? ミオ」


 ミオが頬杖をついて、口元だけに笑みを浮かべ俺を眺めているけど……一体全体何があったって言うんだろう? 彼女は余程のことが無い限り表情を見せないんだけどなあ……。

 

「何もありませんよ。ただ」

「ただ?」

「良一さまの様子が面白かっただけです」


 な、なるほど。酒場に入ってから、俺のテンションはダダ上がりだったからな。若干、そうだ、ほんの少しだけはしゃいでいたことは認めよう。

 ワザとらしい咳をしてから、俺は深皿に残ったシチューを飲み干した。

 

「ミオ、食べたらさっきお姉さんに教えてもらった高台へ逝こう」

「はい。楽しみですね」


 ぬうおお。その微笑ましいって感じの慈愛の籠った笑みはやめてくれるかなあ。

 それでも、口元だけで笑っているのがミオらしいけど。

 

 ◆◆◆

 

 高台に登ると街が一望に見渡せる素晴らしい景色が目に入った。こ、これはすげえ。

 すっかり暗くなっていたから、魔法の灯りがポツポツと見えるだけだったけど、こんないい場所があるんだったら昼間に来たらよかったなあ。

 

「良一さま、次はお昼に来ましょう?」

「うん、俺も同じことを考えていたよ!」


 周囲を見渡すと都会の祭りのように混みあっているわけじゃないけど、カップルの姿がチラホラと目に映る。

 しかし、こういった場所にありがちな幼い子供たちの姿は見ることができなかった。この辺がファンタジー世界だよなあ。夜となると危ないから子供は外に出ないってことだろう。

 灯りもポツポツとしかないしなあ。

 

「ミオ、あそこに座ろうか」

「はい」


 木の根元へ腰を掛けると、ミオが俺の手にそっと手を重ねてきた。思わず彼女の顔を見やると、彼女は顎をツンと上に向けて顔を逸らす。

 

「デートは手を繋ぐものなのでしょう?」

「うん」

「笑いましたよね? 良一さま?」

「い、いや。そんなことないよ」

「絶対に今、クスって言いました!」


 顔をそむけたまま、拗ねるように頬を膨らませるミオがたまらなく可愛く思える。普段見せない表情を見ると、ドキッとする!

 

「あ、ほらほら、ミオ。空を見て!」

「全く、誤魔化さないでくださ……き、綺麗……」

「うん、とても幻想的だよ! 見上げるまで気が付かないなんて抜けていたよ!」


 空には赤色と黄色の月が浮かんでいて俺たちを照らしていた。ちょうど満月らしく、赤色と黄色が混じりあって紫色の光となりこの上なく美しい。

 ミオの手に力が入り、俺の手をギュッと握りしめてきた。俺も彼女の手を握り返す。

 

「ミオ」

「良一さま?」


 俺がムードに耐え切れず顔を寄せようとした時、不意に空へ強烈な光が現れた!


「あ、あれは花火?」

「いえ、花火ではないようです。あれは魔法の光ですね」

「そうなのかあ。確かに花火と違って音がしないね。でもそっくりだよ」


 そっと肩を寄せてくるミオへ俺も肩を寄せてお互いの腕が密着する。空を見上げると魔法の光が紫色の夜空を照らし、現実感がまるで感じられないほど幻想的な風景が広がっていた。

 いつしかどちらともなく更に体を寄せ合って、息がかかるほどの距離で見つめ合う。

 

「あー、ぼくちゃんじゃなイー」


 いい雰囲気をぶち壊す声が響き渡った。この声……どこかで聞いた記憶が。

 声が聞こえた途端にミオはさっと俺から体を離してしまうし。もおうううう。せっかくの雰囲気が台無しだあ。

 邪魔した奴を睨みつけてやろうと、振り向くとメロン。そう、たわわなメロンがぷるるんと手の振りに合わせて震えていたのだああ。

 思い出した。思い出したとも! 忘れるわけないだろう。俺が出会った中で一番のメロンを持つ冒険者ギルドの教官じゃないか!

 

「お、お久振りです。おかげさまで強盗を退けることができました」

「それは良かったネ。あ、でもでもお邪魔だったカナ?」


 教官はミオへ目をやるとテヘっと可愛らしい舌を出す。それと同時に震える。どことは言わないが。

 彼女は手を振ると、そのままお友達らしき人たちと合流して立ち去って行った。

 

「良一さま……」

「は、はい」


 ミオの絶対零度の視線が俺に突き刺さる。もうこれだけで、全力で土下座してしまいそうな勢いの……。

 

「良一さまは仮想敵がお好きなのですか?」

「い、いや。そんなわけでは……」

「いえ、ずっと見てましたし……やはり私のような」

「そ、そんなことないって。ミオはスレンダーで、俺は抱き着きたい衝動を抑えるのに必死なんだから!」

「嘘でも嬉しいです……」


 ミオは少しだけ機嫌がマシになったご様子だけど、両手を胸の前で組み頬が膨れている。

 俺を冷徹な目線で見つめていたけど、すぐに彼女は腕組みをやめてそっと俺の手を握った。

 

「ご、ごめん」

「冗談ですよ。良一さま。その言葉、嘘じゃないんですね?」


 じっと上目遣いで見つめてくるミオ。

 ああ、嘘じゃないとも。

 

 俺は彼女を抱き寄せると腕を背中に回し、彼女の細い体を抱きしめた。

 それに対し、ミオは陶酔したように艶っぽくホウと息を吐き俺の肩へ顔を乗せる。

 しばらくそうしていたら、彼女から体を離し、俺の両肩に手を置いて口を開く。

 

「良一さま、就職活動、頑張ってくださいね」

「あ……」


 俺は言葉が出なかった。なぜなら、ミオが満面の笑みを浮かべていたからだ。

 その余りの可愛らしさに見とれてしまって、何も口に出すことができなかったというわけなんだよ……。


「う、うん。必ず、就職を成功させる」

「はい!」


 ようやく言葉を紡いだ俺へミオは嬉しそうに答える。

 

「ミオ。例え就職が決まって新しい会社で働いたとしても、喫茶店に逝っていいかな? 異世界に逝ってもいいかな?」

「もちろんです」


 ミオは俺の胸に顔をうずめ、背中に手を回す。

 一方の俺はミオの背中を静かに撫でて空を見上げた。


「ミオ、戻ろう!」

「はい」

 

 明日からまた五十時間働きながら、就職活動をして俺の癒しである喫茶店に通うのだ。

 そして、いつかきっとミオと……。

 


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