第29話 ブローチ

 商店街に何があるのかワクワクしながら近寄ると、いい匂いが漂ってくるう。あああ、朝ごはん食べてなかったよなあ。

 匂いにつられてフラフラと吸い寄せられていくと、釜の上に串で刺した肉を焼いている露天の目の前まで来ていた!

 一口で食べきれないほどの肉の塊が五個、串に刺さっていて、それが豪快にごうごうと燃え盛る直火で焼かれているのだ。滴る肉汁と油が火に炙られなんともいえないい香りが鼻孔をくすぐる。

 こ、これは焼き鳥屋の法則! くたびれたサラリーマンが光に集まる蛾のごとく匂いに吸い寄せられていいくのと同義……。

 

 露天だから、全ての匂いは風に乗り……人を引き寄せるというわけか。やるな、この店。

 

「良一さま、食べたいのですか?」

「ミオは?」

「良一さまがいただくのでしたら」

「じゃ、じゃあ」


 香ばしく焼けた肉串を一つだけ購入し、近くのベンチに腰掛ける俺とミオ。

 ここまで来て俺はあることに気が付いてしまった……。

 

「ミ、ミオ。これだと汚れちゃうよね。服が」

「大丈夫です。良一さまと違って私は汚しません」


 ホントかなあ。と思いながら、一番上の肉の塊をほうばる俺……な、なんだこの肉? 食べたことのない味だ。

 あっさりした豚肉とでもいえばいいのかなあ。脂身がないけど味は豚肉。

 

「初めて食べるのですか? それは草食龍の肉ですよ」

「へえ、あっさりしていて食べやすいな。次、どうぞ」

「では、失礼して」


 一つ目の肉を食べ終わった俺は、串をミオへと近づけると受け取るかと思った彼女はそのまま口を寄せ、肉をほうばった。

 いやんいやん、ミオったらあ。と恋人同士っぽい仕草に胸を打たれた俺だったが、すぐにそうじゃないと気が付いてしまう。

 うん、串を手で持ったら串についた油で手がベトベトになるわな。

 ミオは器用に肉を噛み切って二口で肉塊を綺麗に平らげた。なるほど、言うだけあるじゃあねえか。彼女の口元はまるで汚れていない。

 

 だがな、肉塊はあと三つあるんだぜ? 次はどうかな。

 俺は二個目の肉塊を食べると、ミオも同様に口元をまるで汚さず食べきる。

 う、ううむ。残りは一個。

 

「半分こしようか?」

「はい」

「え?」


 ミオが俺の上腕部を手でつかむと、串を自分の口元に寄せて半分食べてしまった。

 あ、いや、どうやって切ろうかなあとか思ってたんだが。

 

「どうぞ?」

「あ、うん」


 ミオの食べた後をペロペロしてから食べてやろうかと思ったけど、とんでもない目線で睨まれそうだからグッと我慢して普通に食べきる。


「ふう、おいしかったあ」

「良一さま、口元がベタベタですよ?」

「あ、まあ。ってえええ」

「……これで綺麗になりましたよ。良一さまのことですから、手拭きなど持ってないのでしょう?」

「う、うん」


 何があったのか俺の口からは語るまい。とにかく、口元は綺麗になった! そういうことだ。

 ただ、俺の頬はこの上なく火照ってしまったが……。

 

 ◆◆◆

 

 お腹も膨れたので、商店街の散策をしているだけでとても楽しい時間をすごすことができた。南欧風の街並みを再現したかのように、道を挟んで二階建ての家屋が立ち並んでいる。

 二階部分からカラフルな帯が道路を挟んだ向かいの家屋まで通されていて、まるで道の上にある天井のようだ。

 

 上を眺めていたら人にぶつかりそうになり、ミオに手をグイっと引っ張られて接触をギリギリで避けたのはご愛敬。

 

「良一さま、これ、どうですか?」

 

 ミオが雑貨屋ぽい店の軒先で並べられていた赤いブローチを指し示す。

 彼女が胸元につけたら似合いそうだなあ。

 

「うん、いいと思う。買おう」

「ありがとうよ! 変わった格好の兄ちゃん!」


 店主らしき太った中年男性にお金を払うと、彼は笑顔でブローチを手渡してくれた。

 

「ミオ」

「いえ、それは良一さまに」

「え? じゃあ、店長さん、もう一つこれいただけますか?」

「あいよ!」


 俺は同じ色と形をしたブローチを追加で購入すると、ミオへ一つ手渡す。

 

「あ、ありがとうございます」

「ミオに似合うと思ったんだけど、まさか俺のために言ってくれてたとは思わなくて。ごめんね」

「い、いえ……こういったことは初めてですので嬉しいです……」


 ミオは愛おしそうにスラリとした指先でブローチを撫でる。彼女の白磁のような肌とルビーの赤のコントラストが映えて、俺の思った通りこのブローチは彼女に似合う!

 しかし、ミオはほんの僅かだけど眉をしかめた。

 

「どうしたの? ミオ」

「いえ、このブローチの効果はご存知なのですか?」

「え? これってなんかエンチャントされてるの?」

「はい。これは……あ、いえ。そ、そう勇気のブローチなんです。ほんの僅かですが持ち主のやる気を後押ししてくれるんです」

「おお、ありがとう。俺の就職を応援してくれてるんだ! 嬉しいよ」


 俺が喜色を浮かべてミオへ応じると、彼女は「え、ええ……」となんだか歯切れが悪くなった。

 俺の就職活動がそんなに心配なのかよ。余計なことをしたとか思っているのかもしれないけど、俺は純粋に嬉しいんだからさ。

 もっとミオへ説明をしてもいいんだけど、結果を出して彼女へ応えるのが一番だと思って今はこれ以上何も言わないでおくことにした。

 

「あ、ミオ。このブローチはポケットに入れておくだけでも大丈夫なのかな?」

「はい。持っているだけで効果は発揮されます」

 

 とりあえずポケットに入れておくとして、あとでブローチに皮ひもか何かを通してスマートフォンにつけようかなあ。

 うん、いいかもしれない。

 

 この後、散策を続けていると日が傾いてきたので、逝ってみたかったファンタジー世界の食事処……酒場へと足を運ぶ。

 

 酒場は俺のイメージにバッチリで酒場に入った時、感動で膝が落ちそうになったほどだった。

 皮鎧姿の冒険者らしき人、虎の頭部をしたノースリーブ姿の若い男、何故か薄着の猫耳さんや兵士らしき人達……。

 そんな夢にまでみた人物たちが、木の板がそのまま露出した壁と床といった作りの酒場でそれぞれ楽しんでいるんだよ! テンションがあがらないはずがねえ。

 

 隅っこの席が空いていたので、そこに腰を下ろすとすぐにウェイトレスのお姉さんが注文を取りに来てくれた。

 

「いらっしゃい!」

「え、ええと。オススメとビールを。連れには甘いジュースを何か」

「良一さま。私もビールで」

「ちょ、ミオ、未成年はダメだよ」

「……そんな幼くはありません!」


 言い合いをはじめた俺たちへお姉さんは「お熱いことね!」とからかってくる。

 

「じゃ、じゃあビール二つで。あ、あとお姉さん、今日何か祭りとか……」

「ん? 祭りを見に来たんじゃないのかい? 変わった格好の旅人さん」

「え、ええ。そうなんですが、いつ頃始まるのかと」

「もうすぐさ、食べ終わるころに外へ出て高台まで行ってみな。すごいもんが見られるよ!」


 おお、何だろう。逝ってみるのが楽しみだ!

 設定はしたけど、何が起こるのかまで分からないんだよなあ。

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