第28話 ミオと異世界へ

 「ミオとデート」、「ミオとデート」と頭の中で同じ言葉がグルグルしてメニューを見ていてもまるで集中できねえ。

 ううむ。どうしたもんかな。

 

 一旦落ち着こうとコーヒーを手に取り顔をあげると……。

 

「うお。ミオ!」

「どうされましたか」


 首をコテンと傾ける無表情のミオだったが、俺の鼻に彼女の息がかかる。

 

「び、ビックリしたよ」

「少し、顔が赤いですが体調が悪いようでしたら、翌日にしますか?」


 おいい、本気で言ってるのか? 鈍感のレベルが振り切れてるぞ……ミオ。

 だいたいこんな可愛い女の子がここまで迫ってきたら、健康な男子たるもの赤くなるものなのだ。

 

「……可愛い」

「え、どうしたの急に?」


 いつの間にかミオの顔が離れ、彼女は両手で頬を覆っているじゃないか。


「さっきからブツブツと呟いていますが」

「え?」


 口をついて出ていたの? ぐあああ。穴があったら入りたい。

 

「ミ、ミオ」

「はい?」


 ダ、ダメだ。恥ずかし過ぎてミオの目を見ることができねえ。

 

「え、えっとファンタジーな世界でいいかな?」

「良一さまのお好きなところで構いませんよ。病院のある黒いビルのところでも」

「あ、あそこは二度と逝きたくない……」


 お、俺のフレッシュミートが狙われるからな。異世界から戻ってきて、アンドロイド青木になってたら困るじゃねえか。

 あんなところじゃオチオチ食事もできやしない。何か盛られ気を失い、起きたら肉体が変わってましたーとかありえるからな……。

 

「そうですか。怪我をされてもいませんしね」


 ミオは納得したように頷いているけど、そういう理由じゃないと説明すべきか迷う。彼女はやっぱり感覚がズレている。

 でも、ミオの提案は悪くない。いや、アンドロイド青木の世界が良いと言っているわけじゃなくて、これまで逝ったことのある世界から選べば間違いも少ないと思ったわけだ。

 なら、どこにするかなあ。デートするなら街がいい。比較的安全で整備が整っていたところというと……あ、あそこがいいな。

 

「メロン」


 つい呟いてしまった。

 すると、ミオが刺すような視線で俺をキッと睨みつけてきた。

 

「何をおっしゃっているんですか?」

「あ、いや、おっぱいのことじゃなくて……」

仮想敵がどうしたというのです?」

「だから、そうじゃないってばああ。あの冒険者ギルドがあった街なら散策して楽しそうだなって」

「そういうことでしたか。それならばいいのです」


 ふうと息を撫でおろす俺……。怖い、怖いって。なんでここまで、おっぱいを敵視するんだろうか。

 俺は自然とミオの胸元へ視線が移って行く。しかしそこは死地だった。

 

「何か?」

「い、いや。何でもない……」

「良一さまは仮想敵がお好きですものね!」


 ミオはツンと顎を逸らしてそっぽを向いてしまう。

 ん、奥の方から愉快そうな笑い声がするじゃあないか。これ、マスターの声だよな?

 

「マスター、何とかしてくださいよおお」


 俺はカウンターの奥で腹を抑えているマスターへ助けを求めると、ミオから三度くらい気温が下がるような目線を感じた。

 

「はははは! あ、失礼。君たち二人の様子が余りに微笑ましくてね。つい」

「マスター!」


 ミオが苦言を呈すと同時に冷徹な目線が今度はマスターへ突き刺さる。これにはさすがのマスターも口をつぐんでしまった。

 

「え、ええと、ミオ。世界と設定、スキルを決めたよ」

「かしこまりました。ではお聞かせいただけますか?」

「うん、世界は――」


 俺はミオへ逝く世界について説明をはじめる。世界はメロンな教官がいた冒険者ギルドのあるファンタジー世界の街。設定は祭りの時期で俺のスキルは何かあった時にミオを護れるよう、格闘術のスキルにした。

 路銀も少ないながらも持つことができるように調整できたから、遊ぶには問題ないぜえ。


「オプションでミオをつけてくれ」

「かしこまりました。では、目を閉じてください」

「おう」


 ◆◆◆

 

 目を開くと、噴水のある広場だった。広場はレンガが敷き詰められており、噴水は大理石を削り出してつくっている立派なもので俺の身長くらいの高さがある。

 広場を囲うように南欧風の漆喰とレンガの家が軒を連ねている。これらの建物は店舗のようで、一階部分がオープンになっていてそこに商品が並べられているようだ。

 

 おおお、予想通り俺のイメージにバッチリなファンタジー風の街並みだぜ。これは良いぞ。

 ミオはどこに? いつもは目の前にいるんだけど……。

 

「良一さま。時間を動かしても構いませんか?」

「うおお、後ろかよ! って、えええ。ミオ」

「やはり、似合いませんか? 私には……」

「い、いや。そういうわけじゃあ」


 ミオはいつものメイド服ではなく、現代風の衣装を身にまとっているではないか。

 白のブラウスの上から黒のカーディガン、細かいチェック柄をあしらった七部丈のストレートのスカートに黒色のブーツ……この前、俺と買ったものだなこれ。

 いや、着てくれるのは嬉しいんだけど。ここ、ファンタジー、ファンタジーよ。雰囲気ってもんがあるじゃないか。

 

「良一さまもそのまま来られているじゃないですか」


 ミオの指摘に自分が白のシャツ、紺色のジーンズ、スニーカーだったことを思い出してハッとなる。

 

「あ、そういえばそうだった……うん、ミオ、その服とても似合っているよ!」


 誤魔化すためによく分からない褒め方をしてしまったが、意外にもミオははにかんで俺から目線を逸らしてしまった。

 可愛いじゃねえかああ。初々しくてキュンキュンするうう。

 

「……良一さま、動かしますよ」

「あ、うん」


 ミオが軽く手を振るうと止まっていた街が動き出す。

 おおおお、夢にまでみたファンタジーの動く街並みだああ。お店でどんな物がうってるのかなあ。

 魔道具とかなんかもあったりするんだろうか。

 

「ミオ、お店を見て回らない?」

「はい」


 俺が歩こうとす

 ると、ミオは動かず何かを待っているようだった。

 んん。ひょっとして……。


 俺はミオの右手を掴むとギュッと握りしめる。


 デートなら手を繋ぐものだとこの前の買い物の時にミオへ教えたのは俺だ。

 彼女は手を自分から繋ぐのが恥ずかしいのか、じっとその場で立ちっぱなしだったってわけだよ。

 手を繋ぐことを言う俺も俺だけど、それをそのまま信じてしまうミオもミオだよな……。


「良一さま、今日だけですよ。特別です」

「うん、デートの時だけね!」


 俺とミオは並んで商店街へと歩いていく。

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