第27話 面接は難しい

 五十時間の労働を終えた俺は、スーパーの店員の募集を見つけたので面接に来ている。この仕事ならコンビニバイトの経験が生かせるかなあと思ってさ。

 今までクレーマーや従業員間の人間関係に苦しんでいたけど……異世界での体験のおかげである程度克服できるようになってきたら、接客業も悪くないなあと感じてきたんだよ。

 我ながら現金なものである。

 

 そんなことを考えていたら時間が来たようで、面接をしてくれる四十歳くらいのメガネの男性が「どうぞ」と部屋へ案内してくれた。

 

「そこに座ってください」

「はい! 失礼いたします」


 履歴書を手渡してから座席につくと、さっそく自己紹介を始める。

 面接官は柔和な笑みを浮かべて、続いて語り始めた俺の志望動機を聞いてくれていた。

 

「なるほど。接客をするのが好きなんですね。怪我もなさったとここに書いてますが」

「はい。コンビニに強盗が来たことがありまして、その時に刺されてしまいました」

「あ、あの新聞に出ていた『勇敢な青年』とは青木さんのことだったんですか!」


 面接官は手放しに俺を褒めてくれて、それに対してどう対応していいか分からない俺は中途半場な笑みを浮かべることしかできなかった。

 でも、前回面接を受けた時と違って、魔王城での体験が生きていると実感した。立場は逆だけど、伝えたいことを臆せず話すことができるようになっている!

 すげえぞ。魔王城。たった半日の体験だったけど……。


「ほ、他にも手の使えない人や目の見えない人へできる仕事を案内したこととかあります」

「おお、それは素晴らしい体験をされていますね。一体どのような?」

「え、えっとですね。窓ふき――」


 俺は熱っぽく魔王城のトラきちやスケルトンのことを語る。気が付いた時には面接官の顔が……何か可愛そうな人を見る目になっていた。

 あ、あああああ。しまった。あまりに流暢に喋ることができたもんだから、つい魔王城のことを。

 

 気が付いた時にはもう遅く、完全に失敗したと思った俺は、逃げるように「失礼します!」とだけ言い残し面接を終えることにした。

 あの時見た面接官のほっとしたような顔はしばらく忘れることができないだろう……。

 

 ◆◆◆


 面接が終わったその足で、ベルを鳴らして喫茶店に入るった俺はいつもの座席に倒れこむように座る。

 そこへ、コトリと置かれる湯気を立てるコーヒー。いい香りが鼻孔をくすぐるが、俺は大きなため息をつく。

 

「コーヒーをお持ちしました」

「ありがとう」


 見上げるとミオが無表情でじっと俺のことを見つめていた。

 それは面接のことを聞かせてくれってサインだよね?

 

「あ、ミオ……面接なんだけど……」

「そのお顔を拝見すれば分かります」

「あ、うん。え?」


 不意にミオが俺の手を両手でギュッと握りしめてくる。

 

「良一さま、これまであなたは何度も異世界でうまくいかなかったじゃないですか」

「ま、まあそうだね。ははは」

「それでも、あなたは諦めずに異世界へ逝ったじゃないですか」


 あ、ミオなりに慰めてくれてるのね。あ、ありがたいが、その言い方は俺のトラウマをえぐるのだ……シャラララーン。

 うああああ。また思い出してしまった! それと共に、魔王様の凍てつく視線まで頭に浮かぶ。


「大丈夫ですか? 顔色が優れませんが?」

「う、うん」


 心配する言葉とは裏腹にミオは無表情のままだ。彼女は余程のことがないと表情を動かすことがない。まあ、それが魅力って言ったら魅力なんだけどな!

 その分、拗ねたり、笑顔を見せたりするとたまらなく可愛いんだ。

 

「ミオ、一回や二回でうまくいくなんて思っちゃいないよ。前より全然面接で言いたいことを言えるようになったしさ。進歩を実感しているよ」

「そうですか。それでしたら良かったです」


 ミオは口元だけに笑みを浮かべると、ふわりと髪の毛をなびかせて踵を返しカウンターの奥へと引っ込んで行った。

 俺は彼女の後ろ姿を眺めながら、コーヒーを一口飲む。ああ、やっぱりミオって可愛いよな。うん。

 

 なんて鼻の下を伸ばしていると、ミオがお盆に抹茶シュークリームを乗せて戻ってくる。


「ミオ、それは?」

「良一さまが教えてくださった駅前のケーキ屋さんで買って来たんですよ。あなたに選んでもらった服を着て」

 

 少し、ほんの僅かだけ頬を朱に染めてはにかむようにミオはそう言った。

 お、俺のために買ってきてくれたのか!

 

「ありがとう! ミオ。苦手な駅前へ俺のために……」

「勘違いしないでください。せっかく良一さまに服を選んでいただいたのでついでです。それに……私とマスターは先にいただいておりますし」


 ツンと顎をあげてカウンターに大股で歩いて行ってしまうミオだったが、動揺が見て取れてとても微笑ましい。

 

「ミオ! 一つ、お願いがあるんだけど」

「何でしょうか?」


 カウンターから顔だけ覗かせてミオが答える。

 

「えっと、これから逝く異世界にはミオをオプションとしてつけたいんだ」

「百ポイント消費しますが?」

「構わないよ。来週は面接が入ってて逝けそうにないからね」


 真っ赤なウソである。面接なんてまだ予約してもいない。と言っても一応、面接に行くつもりではあるんだけどね。

 

「良一さまが構わないのでしたら、私は問題ありません」

「やった! じゃあ、これからどんなところにするか考えるよ」

「お待ちしております」


 よおっし。ミオとデートと行こうじゃないか。この前ミオと服を買いに出かけてから、異世界でもミオとデートしたいって思っていたんだよ。

 面接については、魔王城の体験で何とかなると分かったしここらで一度羽を伸ばしたい。

 俺はメニューを手に取り、コーヒーを口に含む。

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