第26話 来るのは人型だけと思った?

「じゃあまずは名前と特技からでも教えてくれるかな」

「はいいいい。あてくしトラきちですです。はい」


 ちょ、その名前はいろいろやばいって。ギリギリ攻めすぎだろ、魔王城!

 大きなコウモリ、つぶらな赤い瞳、そしてこの名前……ダメだ。俺は触れてはいけない深淵に片足を突っ込もうとしている。

 これ以上、この件に触れることは厳禁だな……。

 

「トラきちは何を悩んでいるんだ?」

「産まれたばかりのモンスターは魔王城の雑用をしてレベルをあげるんですです」

「ああ、そうみたいだな」

「あてくしにあてがわれたのは、床掃除なんですうううう」


 うるせえ奴だな……。

 

「トラきちはモップを持てないから、他の仕事をあてがうように上に言うよ」

「掃除できますます。こう、口でくわえて」

「ほう。掃除をやりたいの?」

「役に立ちたいんですうう。あてくし、まだまだ弱くてドラゴンにも変身できないですです」


 こおらあああ。危険球を投げるんじゃねええ。

 俺は大きく肩で息をしながら、更に将来覚える魔法について語っているトラきちを手で押さえつける。


「分かった、分かった。んー、まずはこれを見てくれ」


 俺は机の上へA3用紙に印刷された魔王城の見取り図を広げる。

 羊皮紙じゃなくて、コピー用紙だってことには突っ込む気力もわかない……そして、魔王城の構造にもだ。

 

「いいか、魔王城は二十五階建ての高層ビルなんだ。ここまではいいか?」

「はいですうう」

「床掃除なら、モップが持てる者にはかなわないだろうが、外の窓ふきならどうだ? ゾンビやスケルトンには掃除できまい」

「な、なるほどですううう。それで頼みます。あてくしだけの仕事!」


 トラきちはウキウキと取調室を出ていった。

 いい仕事をしたと思うんだけど、まだ心臓のドキドキが止まらねえ。

 

 ◆◆◆

 

 次にやって来たのはスケルトンだった。さっきのトラきちと違ってリアルな標本骨格だからちょっとビビったけど、平静を装い座るように促す。


「どんな問題を抱えているのか教えてもらえるかな?」

「へい、あっしは手旗信号のリレー役をやっているんでげすが、色が見えないので困っておりやす」

 

 そうだね、君の顔には目がないからね。ははは。肉もないけどな。

 しかし、視力はあるんだろうか?

 あとだな、手旗信号について突っ込む気はさらさらない。突っ込んだら負けだと思うからだ。

 高層ビルがある世界で、なんで通信手段が手旗なんだとか言ってはダメ……絶対。

 

「ええと、それは配置ミスだろ……何か希望する仕事はあるかな?」

「同じことを繰り返すのが得意でげす」

「おお、それは大きな特技だよ! 素晴らしい!」

「肩こりや腰痛とは無縁なのでげす」


 骨だけに筋肉も無いから、同じ動きをしていても疲れないのか。

 ふむう。それなら、こういうのはどうだ。

 

「運搬の仕事はどうだろう? ひたすら土を台車に乗せることになるけど」

「それなら得意でげす。感謝感謝!」


 蓼食う虫も好き好きとはよく言ったものだ。人間だったらみんな嫌がる作業なんだけどなあ。

 いや、俺がそう思っているだけで人間だって人それぞれだと思う。俺が嫌だと思うだけなんだと、スケルトンを見てようやく理解できたぞ。

 現実世界の仕事だって、体を動かす仕事やオフィスにじっと座ってやる仕事、人前で講義する仕事……と千差万別だ。どれがいい悪いっていうわけじゃなくて、みんなそれぞれ個性や適性があるってことだよな。

 

 じゃあ、俺には何が向いているんだろう……ううん。

 うんうんと堂々巡りする考えに唸っていたら、取調室の扉がコンコンと叩かれる。

 

「どうぞー」

「こんこんー」


 入ってきたのは……実にけしからん美女だった。ウェーブのかかった薄紫色の長い髪に、ビキニのような紫の衣装、口元にはほくろがあり少し垂れ目な瞳と相まって、と、とてもグッとくる。

 頭からは黒い角が左右に生えていて、お尻からは悪魔のような黒い尻尾。尾先がハートマークになっているのが、実にキュートだ。


「どうしたの?」

「えーと、あたしー、りょうちゃんとあそびたいなーって思ってえ」


 甘ったるい声で腰をくねらせながら、椅子に腰かける美女に俺の目は釘付けだ!

 こ、こんなあからさまな青木トラップに俺が引っかかるとでも思っているのか? 俺はもう騙されないぞ。

 気を引き締め、美女へと目を向けると……。

 

「ちょ、ちょっと、なんで寄せてるの?」

「りょうちゃんが好きかなあって思って」

「両手でクイクイって! うああああ」

「もう、真っ赤になっちゃってーかーわいいー。見たいのー?」

「あ、い、いや」


 むにゅんむにゅんをムニムニっとさせないでくれるかなあ。罠だと分かっていても目が釘付けだああ。

 そしてその上目遣いをやめてえ。もうコロって行く、無理、無理だよ。

 

「えっとねー、りょうちゃんー、今月ピンチなのー。お給料あげてほしいなーって」

「え、ええと、君は……」

「サキュバスのリナでーす。これでもー、魔王さまの秘書なんだよー」


 魔王様、俺はあなたが憎い。俺もこんな秘書が欲しい。

 サキュバスのリナの給与は……お、俺の三倍じゃねえか。こんなにもらえるの? 秘書って……。

 俺の役職の設定はこれでも魔王城内だとそれなりに上位なんだぞ。

 

「リナさんはもう十分な給与をもらっていると思うんだけどなあ……」

「えー、だってえ、欲しいものがあるのお」

「首に息を吹きかけないでええ」

「んー、耳がいいのおー?」


 机の上に乗り出したリナは、けしからんものを俺に押し付けながらハムハムしてくるうう。

 

――ガタリ。

 その時扉を開く音がして、誰かが入ってきた。

 

「一体そこで何をしているのですか? 今は職務中ですよね?」


 絶対零度の声が俺の耳に突き刺さる。

 

「い、いや、これはですね。って、ミオ?」

仮想敵に顔をうずめておいて、一体どんな言い訳をするのか見ものですね?」


 ゴミを見るかのような冷徹な目線で腕を組むミオへ、俺は何も言い返すことができなかった。

 

「あらー、魔王さまじゃないですかー。仕事に戻りますねえー。りょうちゃんがどうしてもっていうからあー。後でね、りょうちゃんー」


 しれっと事実と違うことをのたまったリナが「ごめんあそばせ」と言った感じで取調室を出て行ってしまう。


「あ、ああああ、待って、待ってええ。ご、誤解だって、ミオ」

「ミオではありません。魔王さまとお呼びなさい」

「は、はいいい。魔王さまあ。誤解なんです!」

「ふうん、では言い訳を聞かせてもらいましょうか」

「もう戻りたいんだけど、ミオ……」


 俺はその場で四つん這いになって頭を垂れるのだった。

 これが社会人の不条理ってやつか……勉強になったぜ。

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