第25話 次の職場は魔王城
ミオとのデートの翌日から就職情報誌を眺めて、募集を行っている会社へ面接の予約を入れてみた。
もっとも自分がどのような職種に向いているのかも分からないし、まずは面接の練習のつもりで行ってみようと考えているんだ。
五十時間の労働が終わり、喫茶店に行く前に面接を受けたが……面接の雰囲気に慣れずうまく話すことができなかった。
それでも、これまでの異世界で体験したことは俺の中にしっかりと刻み付けられていることははっきりと分かる。三人の面接官を前にしても、臆せず話すことができたし、心を落ち着けることだって俺なりに実行することもできた。
何度か面接を受けていけばそのうち慣れていくだろうけど、どうせ面接を受けるなら自分がいいなと思う企業をちゃんと調べてから逝きたいなあと思うのは、俺だけではあるまい。
ならば……異世界で面接に慣れておけばいい。我ながら素晴らしい発想だ!
面接と言ってもなあ……どういう設定にしたらよいか悩むところだ。冒険者ギルドだと面接というよりは登録だし、王城でホイホイ面接をやっているとも思えない。あったとしてもごくわずかで、どこどこ貴族のご支族とかそんなんだろう。
考え事をしながら歩いていたら、いつもの横断歩道の前まで来てしまった。まあ、メニューを見ながら考えるとするか。
俺はポケットから古風な鈴を取り出すと、チリンチリンと音を鳴らした。
◆◆◆
「今日は少し遅いのですね」
いつもの席に着席すると、ミオがコーヒーを持ってきてくれる。
「うん、来る前に面接に逝ってきたんだよ」
「この前おっしゃっていたことですね。異世界にはもう逝かないのですか?」
「いや、異世界には逝くつもりだよ。例え、現実世界に満足していたとしても」
ミオがほんの僅かだけ寂しそうな声色で聞いてきたんだけど、俺としては異世界逝きをやめるつもりはないんだよね。
異世界に永住するつもりが無くなったとしても、旅行感覚で異世界には逝き続けたい。楽しいものね。異世界!
「ただしばらくは、就職活動の助けになるようなところへ逝こうと思ってるんだ」
「変わりましたね。良一さま」
ミオはそう言って口元だけに笑みを浮かべる。
俺は彼女の微笑みにドキリとしたが、コーヒーを口に含んで平静を装った。
「あ、ええと、ミオ。そんなわけで今回は面接を体験しようと思う」
「面接ですか……? 冒険者ギルドで登録したりとかそのような形でしょうか」
「うーん、せっかくなら面接をする立場ってのをやってみようかなあ……あ、そうだ!」
俺はいいアイデアが降りてきたことで喜色を浮かべる。これなら……面接官の気持ちってのが理解できるかもしれんぞ!
「思いつかれたようですね。とても……嫌らしい顔をしておいでです」
「えっちいことを想像してはいないからな!」
「いつもその顔の時はそうなのですか?」
こ、この小悪魔がああ。誘導尋問だ。奴は無表情を貫いているが、俺にはわかる。必死で笑いをこらえてるってな。
「裁判長! 私はミオに抗議いたします」とか心の中で謎のごっこ遊びをしていたら、考えていたことが吹き飛びそうになってしまった。
いかんいかん。
「そ、そのことは置いておいて、設定はこんな感じで逝こうかと」
俺が説明をし始めると、ミオは顎に手を当てて静かに俺の言葉に耳を傾けている。
今回の設定とは、魔王城だ。最近読んだとあるラノベに勇者をやめて魔王城に就職したとかって物語があったんだよ。
おお、なるほどって思ったんだ。魔王城だって組織運営なはずだから、人事もいるはず。日夜生まれてくるモンスターたちへ仕事を割り振る仕事ってイメージで設定をミオに伝えたんだ。
モンスターが勇者なりなんなりに倒されて、やられたモンスターはリポップする。そんなサイクルで回っているはずだから、常に人事の仕事が回ってくるはず。これなら、短い時間でも面接官の経験がバッチリできるって寸法だぜ。
我ながら素晴らしいアイデアだ。
「かしこまりました。悦に浸るのは構いませんが、そろそろ逝きますか?」
うんうんと腕を組んで頷いていると、ミオから氷のような声が……。
さ、最近、俺に対する扱いが酷くねえか? い、いや、これはだな。ツンデレさんなんだ。きっと好感度が上がれば上がるほど――。
そこまで考えて、俺は「好感度」という言葉を頭から必死で取り除く。まずいまずい。またしてもあの悪夢を思い出すところだったぜ……。
◆◆◆
「では、ごゆっくりお楽しみください」
ミオは両手でスカートの端をつまんで優雅に礼を行うと姿を消した。
さてさて、ここは……何だこらああ! 執務室を指定したはずなんだけど、おかしいおかしい。なんか違うんだ。
小さな机と、勉強机に置くようなランプ。背もたれの無い丸い座りが付いた簡素な椅子……一言でいうと刑事ドラマで出てきそうな取調室と言えば分かってもらえると思う。
い、嫌な予感しかしねえ。俺が冷や汗をたらりと垂らしていると、部屋の扉が叩かれ声が響く。
「人事のお方はいらしますいらします?」
「あ、はい」
可愛らしいアニメ声が響いたものだから、途端にやる気が出てきた俺は勢いよく扉を開く。
すると、ふわふわと宙に浮くコウモリと目が合った。
コウモリのサイズは俺の頭より一回りくらい大きいくらいで、つぶらな赤い瞳が可愛らしい。
人型の魔物娘を期待していた俺の心は初っ端からくじかれることとなってしまったが、初仕事だから甘んじて受けようではないか。
「じゃあ、そこに座って」
「はううう。人事の方ああ、座るのはちょっと難しいですううう」
ぬおお、そんな困った声を出さないでくれええ。ちょっとだけ萌えてしまったじゃねえか。
しかし、コウモリの姿が見えるとすぐに萎えてしまう。こ、このギャップは何も嬉しくねえぞ……。
「す、座らなくていいからその辺で浮いてて」
「わ、分かりましたです」
こうして不安しか無い俺の人事官としての仕事が始まったのであった。
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