第21話 青木自分を振り返る
戻った俺は喫茶店でコーヒーを頂きながら考えにふける。
「どうしたんですか? 珍しく難しい顔をして」
「うあ、ち、近いって!」
突然ミオの顔がドアップだったから、思わずチューしようとしてしまったじゃないか。
「どこまで寄ると気が付くかと思ったのですが、まるででしたね」
無表情に肩をすくめるミオへ俺はいっそのこと声をかけずにそのまま密着してくれりゃあいいのにとか考えていると……視線を感じる。
それも凍てつくような……。
「またいつもの嫌らしい顔に戻りましたね。悩み事は終わったのですか?」
「あ、いや。そんなわけじゃあ」
そうだよ。桃色妄想でせっかく考えていたことが吹き飛んでしまったじゃないか。
ロリとの問答の結果、寿命が違い過ぎるとまるで考えが合わないことを理解したが、戻った理由はそうじゃない。
ロリは言っていた人間とは「刹那の存在」だって。つまり……
――人間の時間は有限だってことをね。
それに気が付いた時、俺はスローライフの世界で五年、十年過ごして何か得るものがあったり成長したりできるのかと思案した。
すぐに分かったよ。スローライフの世界で得るものは何もないとね。だから、すぐに戻ったんだ。
そう、今のこの瞬間を無駄にするってのはとても勿体ないことだと思うんだ。
じゃあ、コンビニバイトでこの場を凌いでいるだけの俺はどうだ? バイトを続けることで、十年後の俺は満足するのか? 何か学ぶものはあるのか?
きっと十年後の俺は後悔する。
だから、今なんだ。大学を卒業して十年ちかくたってしまったが、動くのに遅いってことはないはずだ。十年後の俺からすれば、十年も時間があるんだぞ。
異世界でも現実でも、結局のところ俺という人間次第だってことをこれまでの異世界体験から悟った。だってさ、いくらチートを持とうが、魔法を使えようが変わらなかっただろ。やはり俺は俺なんだよ。
異世界で生活することを完全に諦めたわけじゃないけど、このまま現実世界から逃げるってのもずっと心残りになると思う。
後悔しないように、今を生きる。俺はロリとの会話でそれを気付かされたのだ。
「ミオ、また来週来るよ」
「なんだか、男っぽい顔をしてますね」
「いつもはそんな情けない顔をしているかなあ……」
立ち上がり、扉に手をかけるとミオの呟く声が聞こえた。
「その顔、嫌いじゃないですよ」
しかし、ミオとの距離が遠くて彼女が何を言っているのかまでは分からい。きっと、また変なことを言ってるんだろうと思った俺は、彼女へ問いかけずそのまま喫茶店の外へ出たのだった。
◆◆◆
コンビニバイトをしながら、俺自身少しは成長したんだなあと感じることが多々ある。クレーマーの処理であったり、バイト仲間とのやり取りだったり……異世界での体験がきっかけでこれほどうまく仕事が回るようになったんだなあと実感したんだ。
異世界で体験したことは俺の実になる。そのことは確信した。
ここまではいい。良いことだらけだ。異世界体験をさせてくれたミオとマスターには感謝しかないよ。
「青木くん、なんだかご機嫌ね」
レジで隣に立っているアイさんがウインクしてきた。
アイさんの見た目は可憐な美人さんなんだけど……オネエなのだ。なんかこういう体験、最近したような。
クッ! シャラララーンという音が聞こえた気がした俺は頭を抱える。
「大丈夫、青木くん?」
「あ、大丈夫です。俺、もう一度頑張ってみようと思ったんですよ」
「そうなのー。最近の青木くん、前より明るくなって頑張ってるのも手に取るように分かるわ!」
アイさんは魅力的な笑みを浮かべて、俺を応援してくれた。オネエじゃなかったら……俺はこの笑顔にコロンとやれていただろう。
うん、現実世界でもう一度チャレンジしてみようと思っているんだ。
――就職することを。
◆◆◆
「コーヒーをお持ちしました」
五十時間働いた週末に俺は喫茶店に来ていた。
ミオがコーヒーをコトリと机の上に置くとじっと俺を見つめてくる。
「ん?」
「もう決めてらっしゃるのですか?」
「いや、これからメニューを見るよ」
「そうですか。いつもと違って真剣な顔をしていましたから、既に決まっているのかと」
ミオが軽く頭を下げると、カウンターの方へ引っ込んで行った。
彼女へ「まだ」と言ったものの、どんな世界にするかはだいたい考えてきている。
「異世界での体験は俺の実になる」ことは確かなのだ。だから、俺は今回、「職業体験」をしてみようと決めている。
ここに来る前、塾講師の募集が電柱に張り付けてあったのが目に入ったから、先生を体験してみようかなあと思う。学校の先生には資格の関係でなれないけど、進学塾とかなら面接には行けるしな。
先に体験して、俺に合うか合わないか確かめてみようじゃないか。
どうせ異世界なら異世界っぽい学校の先生という設定でいってみよう。ふふふ。
ずばり、「魔法学園」だ! 日夜勉強に精を出す生徒たちへ指導を行いつつ、生徒が帰った後先生たちと談笑しながら明日の授業の準備をする。
で、同僚にタイトスカートがパツンパツンになったけしからん美人教師とラブロマンスとか……ああ、学園生活って楽しそうだぜえ。
「ミオ、決めたよ」
「かしこまりました。ではお聞かせください」
「うん。今回逝く世界は――」
説明を終えた俺は、目を閉じミオの言葉を待つのだった。
◆◆◆
「では、目を開けてください」
ミオの鈴の鳴るような声に導かれ、目を開くと学校の前に現れたようだった。
ほうほう、ここが俺が教師をする学校か。見たところ、日本の高校とかにそっくりだ。門の前に俺は立っていて、生徒たちがちょうど登校して来ている。
「よし、先生の体験をはじめますかあ」
「かしこまりました。ですが、良一さま、ここは『魔法学園』と記載されていますが、ご存知だったのですか?」
「あ、うん。俺が設定したんだけど……」
「てっきり、うっかりな良一さまのことですから、学校の種類を指定し忘れたのかと……ご自身で理解してやられているのでしたら、私から何も言うことはございません」
「え、それって……」
俺の言葉が終わらないうちに、無情にもミオは表情一つ変えず消えてしまった。
そ、そうか……「魔法」学園だから教師役って他の教科もあるにはあるけど、高確率で「魔法」の教師になるんじゃないのか?
ま、魔法……俺は魔法の習得を一度諦めている……。ど、どうしよう。
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