第20話 刹那
龍の巣は非常に簡素な作りになっていて、鳥の巣のように外周が円状に藁で盛り上がり、中も同じように藁が敷き詰められていた。
たいたい直径にして二十メートルくらいはある巨大な巣といたところか。ここは龍になったこの幼女が寝そべるところかな。
「お主にはあの小屋で生活してもらう」
幼女が示す方向を見やると、ログハウスと呼ぶのもおこがましいひなびた小屋が建っていて、大きさ的には……キャンプ場にある六人用のバンガローくらい。
「食事とかはどうする?」
「うむ。以前の小間使いが使用していた畑があるのじゃ。使いたければ使うがよい」
ん、んん。なんか引っかかる物言いだな。この幼女は何を食べるんだろう?
後で確認することにして、まずは小屋と畑をチェックするとしようか。
「先にいろいろ見て回ってきてもいいかな?」
「うむ。好きにするがよい」
「あ、自己紹介がまだだった。俺は青木良一。よろしく」
「名か……お主ら人間は名というものが好きだの」
幼女は興味深げにうんうんと首を縦に振った。
更に一体何がおもしろいのか、見た目に似合わずクククなんて声で笑いはじめたじゃないか。
「すまんすまん。刹那の時を生きるお主らが名を大切にすることは知っておる。コケにしたわけではないのじゃ」
「ええっと……ロリさんの寿命って一体……」
「それは妾のことかの? まあ、好きに呼ぶがいい。妾は
「ふうむー。食事とかどうしてるんです? 小間使いがいない時……」
「お主、妾がここで何をしているのか知ってはおらぬのか?」
そこまで設定をしてなかった! 俺は単に龍が人化した美女とイチャイチャスローライフを、へき地で行いたかっただけだ。
それ以外の部分は俺の感知するところではない。
俺が答えられずにいると、ロリは顎をクイっとあげ何かを示す。
「あ、あれって、巨木ってレベルじゃねえ! なんじゃあの木!」
「知らぬのか。あれは世界樹。そして、妾は不届き者から世界樹を守護しておるのじゃよ」
「そ、そうだったのか……なんだか壮大だけど話が繋がってこないな」
「そうでもない。世界樹になる果実を食しておるからの」
「え、ええっと、それじゃあ、畑とか要らないんじゃ?」
「お主ら人間には必要じゃろ? 世界樹の実はお主らには猛毒らしいからの」
な、なるほど。人間が生きていくのに畑を必要としているってことか……でも畑だけじゃあずっと生きていくのは難しいな。
種を巻いてすぐに食べられるようになるってわけじゃないし、一年中何かが採れるってわけでもない。
「何を心配しておるのじゃ? お主ら向けの食物なら森でも採れるじゃろ?」
「なるほど、そういうことかあ。教えてくれてありがとう。一回周辺を見て回って来るよ」
俺はロリにそう告げると、まずは小屋の方に向かってみる。
小屋は人一人が暮らすには十分な広さとキッチンなど一通りの必要なものは揃っていた。ファンタジーな世界には珍しく、五右衛門風呂まで設置されているという見た目とは裏腹に快適な生活をするに不足はまるでないじゃねえか。
畑も広い。こんな広い畑……スキル無しに世話しようと思ったら毎日畑の手入れで終わってしまうくらいだぞ。畑のそばには小さな納屋があって、そこに種やら農機具が収められていた。
そうそう、ここ龍の巣は山の頂上にあるみたいで、眼下には森が広がっている。たぶん、この森がロリが言っていた食糧豊富な森なんだろう。
レンジャースキルを持つ俺ならば、生きていくに全く問題ないと思う。だがなあ、ロリの目的って何だろう。
小間使いと言っているけど、この様子だと龍の巣に人間が住んでいるだけで、ロリの手伝いって感じには思えないなあ……。
◆◆◆
「ロリさん、お風呂に入る? それとも食事?」
「風呂か……久しぶりに入ってもいいかのお。湯の張った樽のことじゃろ?」
「うん。人間の食べる物でよかったら多少蓄えがあったから出せるよ」
「食事は必要ない。世界樹の実があるからの」
「りょーかい」
ロリが風呂に入っている間、畑をスキルで耕して種を巻いておいた。スキルのおかげで、三十分もかからないという驚きの早さだ。これくらいの広さがあると耕運機を使っても一日かかりだぞ。
スキルだと、手をかざしてはい終わりだけど……。
畑から戻ると、ロリが藁の上に腰かけていたので、俺も隣で胡坐をかく。
「心地よかったぞ。感謝する良一」
「お、名前覚えてくれたんだ」
「うむ。刹那の間、お主と共にあろう。よろしく頼むぞ」
「ロリさん、少し疑問があって……」
「おう、何でも聞いてくれ。妾に分かることならば、何でも答えようぞ」
ん、なんとなくこの言葉で俺はロリの目的が分かってしまった。
「ロリさんがここに俺を呼んだ目的って、お手伝いじゃないよね?」
「お、そなたは
やっぱりかー。そうなんだよね。
今日見て回った結果、前任者はロリの世話をする時間を取っているとは思えなかった。
事実ロリも俺に何かをやるように言ってくることもない。しいて言うなら、暇な時におしゃべりしましょうくらいか。
そう、彼女の目的は暇つぶし。それだけだ。悠久の時を生きるってどんな気持ちか分からないけど、ここを守護するだけというなら、それは余程……暇だと思う。
彼女と条件はまるで違うが、俺は何もすることがないスローライフに三日で飽きてしまったくらいだからな!
「ロリさん、生きていくのに目標とかあるの?」
「目標? 妾の生きていく意味は世界樹の守護だけじゃ。それ以外は何もない」
「でも、それじゃあ……生活が面白くなくない?」
「面白いとか面白くないとかではないのじゃ。お主との問答、興味深いの」
ううむう。よく分からない! そもそも生物としての立ち位置が違い過ぎるからだろうなあ。
会話はできるけど、会話が繋がらない。なんて言っていいのか不思議な気分だ。
「名、目標、生きがい、目的……刹那の時を生きるお主らは忙しいの」
「刹那じゃないよ。ロリさん。俺たちの生きた証は次の俺たちへ受け継がれていくんだ。だから、『残す』んだよ」
「興味深いことじゃの。お主は何を『残す』つもりじゃ? 龍と生活したことでも『残す』のかの?」
クククとロリは顔に似合わぬ低い声で笑う。
「ありがとう、ロリさん。なんだか少し分かった気がするよ」
「お、興味深い顔をしとるの」
俺はスックと立ち上がり、空を見上げると大きく息を吸い込む。
「ミオ、戻る!」
と力の限り声を張り上げたのだった。
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