第19話 龍さんと一緒

 はああ、異世界ハーレムむふむふパラダイスは甘い夢だったなあ……。コンビニバイトをしながらも、ため息が何度も漏れたものだった。

 戦いさえできるようになれば、モテモテの第二の人生を歩むことができると思っていたのにい。物語の主人公たちは解体で血を見ても平気だったんだろうか。

 ひょっとして解体程度で気分が悪くなった俺がしょっぱいだけなのか? いやいや、そんなことはないはずだ。

 だいたい、これまで喧嘩さえしたことがない主人公が、野盗どもに襲われている女の子を躊躇なく救えるわけないじゃねえか。あれは物語だからこそだって。

 そんな奴なら解体ショーもお手の物だろう。うん、俺が普通なだけだ。主人公たちがおかしい。

 だから俺じゃなくても、普通の現代人が異世界なんて行ったら腰が抜けて何もできないはずだよ。ははは。

 

 そんなわけで、もやもやと次はどんな世界にしようかと考えていたら、あっという間に五十時間の労働が終わってしまった。

 

 仕事を転々としている時は人間関係とか仕事のやり方でずっと悩んでいたこともあったけど、悩むってのも悪い事ばかりじゃないんだよなあ……俺は労働時間という目標ができて初めてそのことが理解できたのだ。

 どういうことなのかというと、悩んでいるとあっという間に時間が過ぎるってこと。お客さんが来なくて、棚卸もない時間帯はぼーっとしていてもなかなか時間がすぎないけど、悩んでいたらあっという間に過ぎていったのだから。

 

 いろいろ考えた結果、異世界ファンタジー世界へ逝くのは諦めようと決めた。モンスターを倒し生業とする仕事ってのが、俺には合っていないだろう。

 じゃあ、イチャラブライフを断念するのかというと、そうではない。俺の夢はイチャラブライフなのだから、簡単に投げ捨てるわけにはいかねえんだよお!

 

 ◆◆◆

 

「コーヒーをお持ちしました」

「ありがとう」


 喫茶店でメニューを開き、ミオの持ってきてくれたコーヒーを口に含む。

 俺はある見落としに気が付いたんだ。以前、仕事に疲れた俺はスローライフを体験しようとノンビリした世界へと逝ったことがある。

 あの時はやることが無さ過ぎて、人間何かやってないと生活に張りが出ないで生きていくことが難しいと感じた。

 

 だが、俺は一つ大きな見落としをしていたのだよ。たった一人でスローライフを送るからダメなんだってね。

 可愛いパートナーがいれば、それはもう楽しいスローライフになるんじゃないかって。

 ぐふふふ。

 

 問題となるのは、パートナーになる人物だ。残念ながら登場人物の細かい設定を行うことはできない。だけど、このような人物ならたぶんこんな性質をしているだろうと推し量ることは可能。

 だから、スローライフにふさわしい可愛いパートナーを妄想し、それに近いだろう種族やら職業を選び取る。

 

「良一さま、お決まりですか?」

「あ、だいたい決まったよ」

「また、気持ち悪い顔をしておいででした。懲りない人ですね」

「ぐ……今度はそうならないから!」


 ミオは最近思ったことをズバズバと口にするようになってきたと思う。最初の頃は事務的で無表情だったからいい傾向だ……しかし、俺への扱いがぞんざい過ぎないかと気になっているのだが……。

 ま、まあいい。きっと、俺への好感度が上がっているからこうなっているに違いない。


 好感度?

――シャラララーン

 ぐああああ、頭の中にあの悪夢があああ、蘇る。あの音を思い出してしまったじゃねえか。

 頭を抱える俺へ、ミオの冷徹な声がかかる。

 

「お決まりでしたら、おっしゃってくださいね」

「あ、うん。今回逝きたい世界はファンタジーだ!」

「また『解体ショー』をご覧になりたいと?」

「違う、そうじゃあない。場所は龍の巣で――」


 俺が考えたイチャラブスローライフは龍の巣なのだ。ここには人化できる雌の龍が一頭で住んでいる。でだな、俺は龍のお手伝いや雑用をこなして一緒に住むという設定だ。

 レンジャースキルをセットした俺は、家事を完璧にこなし……料理も抜群になる。そして、感嘆した龍と……うふ、うふふふう。

 

 ◆◆◆

 

「では、お楽しみください」

「え、ええええ。いつの間に移動したの? 目も閉じてないんだけど……」

「変な笑い声をあげてましたので、触らない方がよいと思いまして」


 つ、冷たい……凍てつくような声色でミオは顎をツンと沿って、そのまま姿を消してしまった。

 なんか怒ってる? あああああ! そうか、こういう場所でミオとイチャラブ設定にしたら……し、しまった!

 

「お、お主が新しい小間使いか?」


 頭を抱えて左右にブンブンと振り回しているところで、幼い声が俺の耳に入る。


「あ、君が……ここの主たる龍?」

「いかにも、妾がドラゴンズエッグの主たる白龍じゃ」


 胸をそる女の子に俺の目が点になる。彼女は鮮やで燃えるような深紅のストレートヘアーで、頭からは鬼のような角が二本生えている。愛らしい口元には八重歯が出ていて、ビスクドールのような整った顔立ちをしていた。

 服装はファンタジー世界らしくお腹が丸見えの胸だけを覆う布に太ももがほとんど見えている腰巻と悩ましい姿をしている。

 し、しかしだな……見た目年齢が十歳くらいの幼いものだったのだああ! 俺は子守をやりにここに来たわけじゃねえんだああ。

 ち、ちくしょう。人化した龍って設定ならバインバインの赤毛の美女が出てくると思ったのに! ご、誤算だ……。

 

「家事と食事の用意は任せてくれ。俺の得意技だからな」

「ほうほう、頼もしいことじゃて。では奥へ逝こうかの」

「うん」


 このまますぐに戻るのは来た意味が無くなってしまう。想定外の子守になってしまったとはいえ、会話できる相手がいるスローライフがどんなものになるのか確かめようじゃないか。

 俺はのじゃロリの横に並び、奥へと歩を進めるのだった。

 

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