第17話 ファンタジーリベンジ

 無事コンビニに復帰すると、店長をはじめバイトやパートのみんなから暖かい言葉をかけてもらえた。オネエことアイさんが尾びれをつけて話していたらしく……俺は包丁を前にしても動じない勇敢で男らしい奴ってことになっていた!

 働いていると常連のお客さんからも励ます言葉をかけられて、調子に乗って自分から包丁に刺さったなんてとても言える状況じゃあなくなってしまったよ……。

 そうそう、もう一つ変わったことがある。これは俺自身の問題なんだけど、いわゆるクレーマーへの対応が苦手だったんだけど、怪我の治療をしに行ったあの世界で会った二人に比べるとクレーマーといえどもまるで話が通じない相手ではないと分かる。

 本当に話が通じないあの二人と相対したことで、クレーマーの主張していることを「はいはい」と流すように的確にあしらうことができるようになったのだ。

 もちろん、こちらに非がある場合は真摯に謝罪することも忘れはしない。

 怪我の功名とはいえ、俺にも少しは胆力ってやつがついてきたのかなあ……と朧げに考えながら五十時間の労働を達成する。

 

 次に逝く場所だがもう決めているのだ。修行の時は終わった。怪我をしたりミオのプレゼントだったりで違う世界に逝っていたが、今度は違うぞ。

 逝き先は最初に逝った世界――ファンタジー風ゲームっぽい異世界だ!

 

 ◆◆◆


――いつもの喫茶店 

「コーヒーをお持ちしました」


 ミオがテーブルへコトリとコーヒーカップを置くと、少しだけ眉をしかめる。

 

「ん、どうしたのミオ?」

「いえ、良一さまのお顔が……少し、その」


 口ごもるミオへ俺は続きを促す。

 

「少し?」

「はっきり申し上げますと、気持ち悪い顔をなさっています」

「……う」


 確かにミオの言う通りだ。俺はさっきからメニューを見ながら、異世界ファンタジー世界で俺つえええする自分の姿を想像してニヤニヤしていた。

 俺が自分の顔を鏡で見たとしても、ミオと同じ感想を述べる自信がある。

 

「あ、ミオ、世界と設定を決めたよ」


 微妙な空気を振り払うかのように、俺はことさら明るい声でミオへ告げた。


「かしこまりました。お聞かせください」

「うん。逝く世界はファンタジーな世界で――」


 ぶっちゃけ世界観は最初に逝った世界と同じにした。スキルについても格闘術とする。武器を振って戦う方がいいかなと思ったけど、格闘術なら身一つあれば戦えるから武器有より柔軟に対処できるかなあと思ったのだ。

 例えば、寝込みを襲われたりした時に拳があれば対処できるかなあっと。俺がそもそも気が付かずに起きないという可能性は置いておいて……。

 シチュエーションは少し変更した。今回は冒険者ギルドで仲間を集めるところから逝くことにした。仲間と一緒にギルドの依頼をこなすのだ。さて、どんな冒険が待っているのかなあ。

 さあ、いざ行くぜ異世界! キャッキャウフフの俺つええハーレムが始まる(七日間限定)。

 

 ◆◆◆

 

「では、ごゆっくりとお楽しみください」


 ミオが両手でスカートをつまみ口元だけに笑みをたたえながら、優雅に礼を行う。

 すぐに彼女の姿が消失すると、この世界の時間が動き出す。

 

 大通りから少し外れたところにいるようで、人通りはまばら。道行く人は人間以外の亜人の方々も見受けられる。

 訓練所の時は外に出なかったから、実際に歩いている人を見なかったんだけど、こうして街並みを見ると感動するなあ! みんなの憧れファンタジー世界がここにある。

 おっと、ぼーっと周囲を眺めているだけじゃあいけない。前を向くと、石造りの平屋の建物があってそこには大きな看板が釣り下がっていた。

 

――冒険者ギルド

 とその看板に書かれている。何故俺が読めるのかって? それは、ここの文字は日本語だからだ。ご都合主義万歳!

 

 中に入ると、訓練所の時と同じようにカウンターがあり、左手には依頼書を張り付けた掲示板が並んでいる。右手はテーブル席がいくつかあって冒険者たちが談笑していた。

 俺はカウンターにいる猫耳のお姉さんに初心者用の依頼がないか尋ねてみる。

 

「まずは、お名前をいただけますか?」

「リョウイチです」

「……リョウイチ様……確認いたしました。冒険者ランクEの方ですね。難易度Eまでのクエストなら受けることができます」

「ええと、一番初心者向けのFランクのクエストってどんなものがあります?」

「そうですね……定番ですが薬草採取かゴブリン討伐でしょうか」


 ううむ。ゴブリン討伐を試してみたいが、一人だとなあ。俺が冒険者だって設定はしたけど、パーティメンバーの設定はできなかったんだ。

 つまり、俺はぼっちである。

 どうすっかなあ……初日だし地味に薬草採取でもしてみるかあ。

 

「お兄ちゃん、ゴブリン討伐に逝く?」


 俺と受付嬢の話を聞いていたのか、舌足らずな可愛らしい声が割り込んできた。

 声の主は犬耳の少女で、オレンジ色の肩くらいまでの髪の毛に同じ毛色の犬耳をしている。ファンタジーな女子冒険者らしく、ミニスカートにタンクトップとやたら薄着だ。

 歳の頃は……見た感じ十二から十四歳くらいかなあ。

 

「君は?」

「ボクはアイシャ。冒険者ランクEのスカウトみゅー。キミは?」

「あ、ああ。俺はリョウイチ。君と同じ冒険者ランクEで拳法家だよ」

拳法家モンクなの? 魔法使いか何かだと思ったみゅー」

「ま、まあ、ほっそい体だけど、これでもなかなかやるんだぜ、俺」


 なんて強がってみせたけど、スキルが格闘術なのだからたぶん、いけるはず。

 しっかし、なんで犬なのに「みゅー」なんだ? それ猫だよね。ま、まあ細かいことは気にしても仕方ない。


「ボクもこれからコブリン討伐に逝くんだみゅー。一緒に行かない?」

「お、おう。それはこっちからもお願いしたいくらいだよ」

「ありがとみゅー」


 こうして俺はロリロリしい犬耳少女と共にゴブリン討伐に逝くことになったのだった。

 いつもながら突然のご都合展開に驚きを禁じ得ない。どうして毎回こうもこんな展開なんだろう……?

 

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