第16話 できますできます

 ローテーブルの前にちょこんと正座する里美にどうしていいか戸惑うが、とりあえずお茶でも出そうと湯を沸かす。

 

「あ、あの、青木さん」

「ん」


 里美は買いなおしてきてくれたのか、おしゃれなビニール袋に入った菓子折りを差し出してくる。

 お、おお。これは駅前の少しお高めのケーキ屋さんのじゃないか。

 

 菓子折りを開けてみると、中には抹茶シュークリームが入っていた。ほう、シューまで抹茶色をしているなかなか凝ったシュークリームだなあ。

 お皿に二つ抹茶シュークリームを乗せて、コーヒーも机の上に置く。

 

「一緒に食べようよ」

「はい!」


 俺があぐらをかくと、何故か横に座る里美。さ、さすがエロゲーワールド! いきなり距離が近い。

 ううむ、好感度を上げるにはどうすれば……ここは普通の動きをしていてはダメだ。

 

「里美さん、あーんしてもらってもいいかな……」


 なあんて、さっき会ったばかりの女の子にありえないお願いをしてみると、

 

「はい!」


 うわあ、顔を上気させて了承してきたぞお(棒)。

 

 お言葉に甘えて口を開けると、彼女はシュークリームをそのまま口へ突っ込んできた!

 ちょ、ちょ、おま、入らないって。


「あ、ごめんなさい」


 押し込むものだから、シューから出て来た抹茶クリームで口周りがベトベトになってしまう。

 

――シャラララーン

『里美の好感度がアップしました』


 えええ、おいおい。これで好感度が上がるのかよ!

 あ、侮れないな……この世界。

 

「い、いや。大丈夫だよ」

「ちゃ、ちゃんと綺麗にします!」


 里美は顔を真っ赤にして、俺の膝に乗ると顔が至近距離に迫ってくるうう。

 彼女の熱い吐息が俺の頬にかかり、俺まで顔が熱くなる。

 

「し、失礼します」

「ぬひゃあああ、ペロリンですかあ」


 驚く俺の声にビクリと肩を震わせた里美は、涙目になって上目遣いになって……

 

「ダメですか?」


 なんて聞いてくるんだよお。


「あ、いや、少し驚いただけだよ」

「よかったです!」

「あああああ」


 恥ずかしそうにしながらも俺の口元に付着したクリームを舐めとっていく里美に、俺のテンションはマックスだぜええ。

 

――シャラララーン

『里美の好感度が最高になりました。できますできます』


 何を「できる」んだあ。その意味深なメッセージはやめてくれよお。何、ねえ、何なのお。

 もう、分かっている癖にって? ああ、そうだろうとも。分かっているとも。

 

「あ! ごめんなさい。当たっちゃいました」

「あ、うん、舌を出しちゃった俺が悪いんだよ」


 ワザとですけどねえ。ははは。

 触れ合ったことで、モジモジしだす里美が可愛くなってきた。

 彼女は何かを期待するように俺の目をじーっと見つめているではないか。

 

「里美……」

「んっ」


 抱き寄せると、里美はギュッと俺にしがみついてくる。

 そのまま顔を寄せるとなんと彼女から俺の唇へ……。

 

「んんっ……」


 そ、そんな。チューだけでなく、ここまでするんですかあ。

 俺が幸せを味わっていると、彼女は口を離し俺の首あたりに息がかかる。

 

 潤んだ瞳で少し荒くなった息を整えながら彼女は口を開く。

 

「青木さん……出会ったばかりですけど……青木さんなら、いいですよ……」


 こ、殺し文句いただきましたああ。

 何だこの都合の良すぎる展開は! これが、エロゲー世界の実力か。

 

 いいと言われれば、我慢する必要なんてないぜ! いっただきまーっす!

 

 俺は里美を再びギュッと抱きしめると、柔らかな背中を撫でる。それだけで、彼女は息を荒くするのだ。

 我慢できなくなったのか、この体制が辛いのか分からないけど、里美は両足を開いて俺の脇腹へ足を通す。

 正面から抱き着かれ密着されると、彼女のたわわんが俺の胸へ。ん、お腹に何か硬い物が……?

 

「里美、何か当たってる?」

「青木さん、そんなこと言うなんてとてもえっちです……」

「んん」

「私の初めてをどっちも差し上げます」


 どっちも? どっちもってなんだよ。

 ああああああ、待って待ってえええ。


「ミオ、戻る、戻る!」


 ◆◆◆

 

「コーヒーをどうぞ」


 逃げるように喫茶店へ戻ってきた俺が頭を抱えていると、澄ました顔のミオがコーヒーを持ってきてくれた。

 な、なんという恐ろしい世界へ送ってくれたんだよ……。

 

「ミオ、あの世界は?」

「良一さまのお好きな世界でしたでしょう?」

「途中までは確かにそうだったけど、なんなんだよお、あれえ」

「下品過ぎて私の口からは何も言えません」

「じゃ、じゃあ、紙に書いてくれよ!」

「私は低俗なことは書きたくもないですが……仕方ないですね、シュークリームのお礼です」


 俺がリュックから取り出したメモ帳へミオは文字を書いていく。

 

『青木総受け、みーんな男の娘。どっちも味わってね』


 うわあ。うわあ。

 俺がするのはいいが、あのままいったら俺も……。

 

「ミオおおお! なんて世界へ案内してくれたんだよお」

「鼻の下を伸ばし過ぎです。あなたはサルなんですか?」

「……ち、ちくしょう!」


 涙目になりながら、コーヒーを口に含み憮然とした顔をする俺へ、マスターが声をかけてくる。

 

「青木君、ミオも最初は君に楽しんでもらうつもりだったのだよ」

「そ、そうなんですか」


 思い返してみると、確かに部屋へ里美が来る前くらいまでは結構楽しめた。

 

「でもね、君が余りに……あれだから、ミオが」

「マスター!」


 説明しようとしたマスターの声を遮って、ミオがぷんすかと奥へ引っ込んでしまった。

 

「なんとなくわかりました。マスター。ありがとうございます」

「コーヒーはいくらでも飲んでいってくれていいよ、青木君。ゆったりとした時間を楽しんでくれたまえ」

「ありがとうございます」


 酷い世界だったけど、ミオの様子を見てなんだか微笑ましい気持ちになり悪くなかったなあと思いなおす。

 「ありがとう、ミオ」と俺は世界の内容はともかく、ミオの気持ちへの感謝を心の中で述べたのだった。

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