第13話 修復
待つこと七分三十二秒。スマートフォンのストップタイマーで計測したから、極めて正確な数字が弾き出せた。
途中から、時間計測が楽しくなってきて目的を忘れてしまうところだったのは秘密だぞ。
「あ、あのお、怪我の治療をしたいのですが……」
おずおずと話しかけると、ようやくメガネ美女が答えてくれた。
「それならそうと早く逝ってくださいよお。私、これでも看護師なんですよ」
「そ、そうなんですか。病院はどこに?」
「この建物ですよ?」
当然といった風に頭上にある黒いビルを指さしてくるんだけど、これどうやって行くんだ?
このコロニーの端っこまで行ったら天井を歩けたりするんだろうか……さかさまに歩いていた人をさっき確認したからそうなんだろうと思うけど。
戸惑う俺の手を引き、彼女は空いた方の手を手首だけの力で軽く振る。
「う、浮いてるううう」
「お、面白い反応! さすが俳優さんね、あ、次はどんな演技するんですか? 私はやっぱり姑と嫁に挟まれた夫が――」
またマシンガントークモードになってしまった美女であったが、そんなことはまるで気にならない。
なぜなら、まるで磁石が引き寄せられるように俺の身体はビルへと重力を無視して浮き上がり、そのままビルの天井へ着地したからだ!
着地した瞬間に重力が反転し、胃がグルンと回ったせいか頭がクラクラして酔ってしまう。
「ほんとうに面白い反応ですね! ささ、中へどうぞ。博士もいらっしゃいますし」
「は、はい……」
美女の後ろをついていくけど、目の前は真っ黒の壁だぞ。
「うお、壁が!」
突如壁の一部が消失し、中へと入る隙間ができた。な、なんじゃこらあ。超技術は魔法と変わらないと聞くが、これはまさにそうだな。
◆◆◆
「ほうほうほおおおううう、君かね、患者というのはあああああ! 久しぶり過ぎて大興奮だよ! ミリー、手術台を準備してくれたまえ」
「はい。博士」
美女の看護師に案内されて、博士のいる処置室までやってきたのはいいが……は、激しく不安なんだけど……。
大丈夫なのお。この人ぉおお。
俺の怪我って上腕部なんだよ? なんで手術台が必要なの?
「ちょ、ちょっと待ってください。怪我は上腕部の刺し傷だけなんです」
「ほおおおうほうほう。刺し傷とはレアだああああ、そうSSRといっても過言ではない! 君は傷が趣味なのかね?」
「い、いや、そういうわけでは……」
お、おかしいって。絶対何かおかしいよ。言葉は分かるが、まるで意味が通じねえ。なんだよこれええ。
「痛みがすきなのかね? ふむふむふむ。ちょっと見せてくれないかね?」
「あ、はい」
俺が腕に巻き付けた包帯をほどいていると、二人は食い入るような感じで俺を見つめているじゃあねえか。
包帯が珍しいのかな? なんだこの世界……。
包帯が外れて痛々しい刺し傷が露出すると、二人は息がかかるほどの距離で傷を凝視している……。
「は、博士! まさかこの人……」
「う、うむ。私もそうじゃないかと思っていたのだよ!」
頷きあう二人に俺は思わず突っ込みを入れる。
「えっと、何でしょうか?」
「き、君の肉体は生誕したままなのかね?」
「そうですが……」
「す、素晴らしいいいいいいいい。なんということだ! 君の肉体は見たところ二十数年くらいに見えるが、そのままなのかね!」
「え、ええ」
「うほおおおおおおおお! まさか二十年以上維持している個体を見ることになるとは! 素晴らしい、素晴らしいいいいい」
あー、なんかもうどうでも良くなってきた……。
もういいかな……帰ろうか……。
いやでも、帰る前に一応聞いておくか。これで反応が微妙なら戻ろう。うん。
「あ、あの、傷の治療は……?」
「取り替えるかね? それとも修復かね?」
「しゅ、修復で……」
「おおおお、まだ使い続けるのかね! す、素晴らしいいいい!」
ダメだこらあ。あかん、未来世界はあかん。あかんでえ。
「修復でしたら、そこのスプレーを使ってください」
美人看護師さんが俺にゴキブリスプレーみたいな缶を手渡してきた。
これを吹きかけたらいいのかいな。
なんか見た目的にとても嫌な感じなんだけど……。
ゴクリとつばを飲み込み、一気にスプレー缶のとってを押し込む。
音もせずに缶の中から透明な何かが出てきて、俺の傷を覆った気がす、る?
い、痛ぇえええええ。痛い、痛い、痛いいい。
「こ、これ、ものすごくしみるんですけどおお」
「な、なんという新鮮な肉体! どうかね、金に糸目はつけない。その肉体譲ってくれないかね?」
博士は脂汗をダラダラ流す俺へランランとした目を向ける。
「お、お断りし……ま、す。ミオ、戻るう、戻るよお!」
◆◆◆
俺の言葉と共に視界が切り替わり、見慣れた喫茶店へと移動した。
俺はその場でうずくまって必死に痛みに耐えている……。
五分ほどしたら、すううっと痛みが引いてきたので、俺はいつもの席へと腰かけた。
「傷は治療できたんですか?」
コトリとコーヒーをテーブルの上に置いてくれるミオだったが、口元が揺れているって。
ミオが俺の様子を見ていたことは既に分かっているんだ! 彼女が必至で笑いをこらえていることもな。
「とにかく痛かった……」
「そうですか、少しいいですか?」
俺の同意を待たずにミオは腕まくりすると、白磁のような滑らかな腕を伸ばし手元を俺の傷口へそっと当てる。
ん、痛くないな。
「ちゃんと『修復』されているみたいですよ」
「……その言い方はもうたくさんだあ!」
「完治したからいいじゃないですか」
ミオは無表情を貫きたいのか必死で笑いをこらえ、目に涙をためている。一方でマスターはこれでもかというほどの声で笑い転げているじゃあないか。
ち、ちくしょう。魔法世界が正解だったようだ……。
俺は机の上に突っ伏すのだった。
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