第14話 ファミレス
一時間ほど喫茶店でグダグダしていた俺は、重い腰をあげノロノロと自宅に戻ってきた。
強烈な痛みだったけど、刺し傷はすっかり良くなっておりカサブタさえなく完治している。何のかんので未来の超技術ってすげえよな……。
俺はシャワーを浴びながら左上腕部を右手で撫でた後、ゴシゴシとこすってみたけど全くしみることはなかった。
俺の思惑と違ってしまったけど、とりあえず傷の心配は無くなったから、明日から働くことができるぞ!
次に逝く世界は決めているんだ。それは……ファンタジー的ゲーム世界へのリベンジなのだよ。武器の恐怖を克服した俺ならば、ハーレム展開に持っていけるはずだあ。
ぐふふ。
――翌朝
いい気分で寝たまではよかったけど、朝起きて顔を洗っているうちにあることに気が付いてしまった。
とても……そうとても重要なことだ。
それは、酷く単純なことだった。そう、あまりにも基本的過ぎて見落としていたこと……。
俺の傷は絶対安静三日間で、完治まで一週間はかかると言われている。ここまではいいだろうか?
もし傷が痛む様子もなくたった二日でコンビニに顔を出したらどんな反応をされると思う? 下手したら病院に行かされて精密検査を受けることになる。
そうなってしまうと……とても面倒なことになるのは容易に想像できる。
ああああああ、こんなことを見落としていたなんてええ。
いずれにしろ、異世界逝きを一回はお預け確定だったのだ! 現実世界だと、傷は一瞬で治療されたりしないもの。
まとめると、何をしようが俺は一週間待機という運命は決まっていたということだ。
異世界逝きが当たり前になっていたのが、盲点だった……こんな基本的なことすぐに気が付いて当然だろうに……
済んでしまったことは仕方ない。幸い傷は完治しているのだから。
◆◆◆
「コーヒーをお持ちしました」
「ありがとう」
街をウロウロしていたけど、時間があるならメニューを見てじっくり考えようかなと喫茶店に来てしまった。
ここのコーヒーは絶品だしな。
「良一様、お昼は召し上がりましたか?」
「ん、いや、後で行こうかなと」
「召し上がっていかれますか?」
なんと昼食まで出してくれるそうだ。でもなあ、いつもコーヒーを出してもらっているし……そうだ、ここは。
「ミオはお昼食べたのかな?」
「いえ、これからですが?」
「じゃ、じゃあ、これからお昼を食べに行かない?」
「……私とですか? いいのですか……?」
「俺とで嫌じゃあなければ……」
ミオの表情が曇る。誘い方がまずかったかなあ。デートとかそんな下心満載な感じで言ったつもりじゃあないんだけど……そう取られちゃったかもしれない。
純粋にいつもお世話になっているし、異世界逝きは俺の生活の糧になっているからさ。
「逝って来て構わないよ、ミオ。青木君は気にしてない様子だからね」
マスターがミオを後押しすると、彼女は口元だけに笑みを浮かべコクリと頷く。
「良一さまさえよろしければ、ご一緒いたします」
「ありがとう! 何を食べようかな、ミオ、好きな食べ物か苦手な食べ物ってあるかな?」
「そうですね……余り外出を行うことはありませんので。よくわかりません」
なるほど。そういうことなら……色気はないけど無難なところに行くとしようか!
◆◆◆
喫茶店を出ていつもの横断歩道から駅前へ向かう俺とミオ。
いやあ、視線が凄い凄い。なるほど、彼女が俺に気を使っていた理由が分かったよ。彼女は目立つんだ。
最も目を引くのは左右で違う瞳の色だろうけど、光に透けても闇を切り取ったように色を変えない黒髪とかメイド服とか……とにかく容姿と服装の全てが注目を集めてしまう。
更に、地味過ぎる俺が横にいることでより彼女は目を引くことだろう……。
「良一さま、戻りますか?」
ミオは珍しく不安気に目を伏せて尋ねてくる。
「俺は大丈夫だけど、ミオは平気?」
「私は慣れています」
「じゃあ、逝こうよ。もうすぐ着くよ」
「はい」
俺はミオの横に並び、前を指し示す。
◆◆◆
――駅前のファミリーレストラン
うん、無難だと思ってやって来たのはファミレスだった。ミオを連れて来るにちょっとなあと思ったけど、意外にも彼女は目を輝かせて周囲の様子を伺っているではないか。
メニューを見るときも、ソワソワしながら俺にどんなものがいいのかとか聞いてくる。
ミオがいつも見せない表情を見ることができて、俺は微笑ましい気分になってきた。こういうのって可愛いよなあ。ミオもこんな普通の女の子みたいな表情を見せるんだ。
彼女はいつも超然として無表情だから、容姿も伴って人間離れしているように感じられるんだ。神秘的というかなんというか……うまく説明できないけど。
でも、今のミオは人間的でとてもよい! 昼食に誘って大正解だよ! お礼のつもりだったけど、まさかこんな姿が見られるなんてな。
「何か?」
「い、いや、可愛いなあと思って」
あ、しまった……つい口を突いて出てしまった!
「良一さま、冗談はほどほどにしておいていただけますか?」
「冗談なんかじゃ……う」
刺すような目線で睨まれてしまったら、何も言えないじゃねえかあ。
「ミ、ミオ……ドリンクバーへ逝こうか!」
「……はい」
ミオはドリンクバーのルールが分かってなかったみたいで、俺が説明すると真剣な顔でコクリと頷きを返してきたのだった。
そうかあ、さっきからソワソワしてたのって、彼女はファミレスに来たことがかなったからなんだな。
お会計はもちろん誘った俺持ちで支払いを済ませて、喫茶店に戻ってくる。
「良一さま、ありがとうございました。今週働けないことをお悩みでしたよね?」
「な、なぜそれを……」
動揺する俺へ気にする様子もなく、ミオは言葉を続けた。
「本日のお礼に、私から良一さまへ『体験版』を一回分プレゼントいたします」
「え、えええ。本当に! ありがとう、ミオ!」
「世界と設定は私の方で、良一さまのお好みの世界を選びますがよろしいですか?」
「お、俺のお好みの世界って……」
「分かっています。良一さまの趣味は……訓練所みたいなものでしょう?」
「あ、いやまあ、うん」
ミオからの目線が痛い。俺がメロンメロンと言っていたのがまだ気に障っているのか……。
そんなわけで、ミオからのプレゼントは週末に実施することになったのだ!
思わぬところで異世界逝きができるとあって、俺のテンションはダダ上がりだぜええ。ひゃっほーい。
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