第11話 コンビニにて
再びコンビニバイトに精を出す俺であったが、三日ほどメロンの手触りが頭に残ったままだったことは秘密だ。
メロンの妄想があり、毎日があっという間に過ぎて逝き……ついに労働五十時間を達成する。
次はどんな世界にしようかなあなんて妄想しながら着替えを済ませて更衣室から出た。
ん、何やらレジ前が騒がしいな。どうしたんだろ?
「お疲れ、さ……うえええい」
な、なんだよおお。覆面姿の包丁を持った男が、バイトのオネエさんを刺激しているじゃあないか。
あれって、強盗?
「青木くん……」
オネエさんは見た目に似合わない低い声で呟くと、涙目で俺へ顔を向けた。
彼女は見た目こそ美人さんだが、中身はもちろん男の人だから……低い声も出るというのは余談だ。
ともあれ……彼女のこの声は素である……これって防災訓練じゃなくて現実か!
包丁の刃先が蛍光灯の光に反射して俺の目に突き刺さる。
ビクッと肩を震わせたが、不思議と刃物に対する緊張感は生まれない。こ、これは……メロン効果?
俺は両手をグーパーさせると、ポケットに手を入れる。
「おい、てめえ! 何してやがるんだ?」
「あ、いえ。スマホを出そうかなと」
「この包丁が見えねえってのかよ!」
「見えますけど……」
ハアとため息をつく俺へ真っ赤になって怒り狂う強盗だったが、声が出ないのか口をパクパクさせるばかり。
めんどくせえなあ、もう。俺はビクビクと可愛らしく震えるバイトのオネエさんと強盗をよそにスマートフォンを取り出し……ポチっと電源を入れる。
「あー、もしもし、こちらコンビニですけど、あー、はい。そうなんです。緊急事態なんですよ。ええと、場所は」
「て、てめえええ! 何してやがるんだ!」
激高した男が包丁を振りかざし、俺を威嚇してきた。
「電話してますけど? だって、危ないじゃないですか」
「それは見りゃ分かるだろ! てめえ、この包丁が目に入らないってのかよ!」
先週までの俺だったら、身動きできず頭を抱えてブルブルと震えていただけだろう。
しかし、今の俺はブルブルじゃあなく、プルプルなのだ。
ふ、俺は今までの俺じゃあないんだぜ。これぞ、メロンの法則!
なんて心の中で決めセリフを独白していたら、強盗が迫ってきやがった。
だが、ここは……
―右へステップ。
―左へステップ。
そして……
―右と見せかけて左だああああ。
「い、痛ぇええええ!」
ぬおおお、華麗なフェイントなんてやるんじゃなかった!
全く動きについてこれなかった強盗の持つ包丁が、俺の左上腕部に突き刺さってしまう。
「青木くん! てめええ、青木に何してくれとんのじゃああ!」
俺の腕から流れる血を見たオネエさんが野生に戻ってしまい、強盗を蹴り飛ばし拘束してくれた。
「あ、ありがとうございます。佐藤さん……」
「大丈夫? 青木くん。いつも言っているけど、ワタシのことはアイと呼んでね☆」
お姉さんが布で俺の腕を縛ってくれて、救急車まで呼んでくれる。「あとのことは任しておいて」と俺を安心させるように優しい口調で言ってくれたお姉さん。
でも、その声……高い声に戻ってませんでしたよ……。
救急車で運ばれて処置を受けた俺は、入院の必要がなくそのまま自宅へ帰還することとなった。
幸い動脈を傷つけたりなどはなく、六針縫っただけで済んだのだ。し、しかし……三日間は絶対安静。そして一週間程度はバイトを休むようにお医者さんから念押しされる。
コンビニの強盗にやられた怪我だったから、一週間分のバイト代は補填してくれると店長から連絡があったわけだが……。
普段なら大喜びでこれ幸いにゆっくりと家に引きこもるところなんだけどお、二週間「異世界逝き」がお預けとはなかなか堪えるんだよねえ。
あ、いいこと思いついた!
◆◆◆
「新聞に出ていましたよ。強盗に刺された店員さんって良一様のことですよね?」
喫茶店をベルで出現させるなりミオは、いつもの「いらっしゃいませ」ではなく俺を案じるように尋ねてきた。
怪我をした翌日ということもあり、痛み止めが効いている間はいいけど、素に戻ると刺すような痛みが上腕部に走る。
「ま、大丈夫だよ」
俺はへらへらとした笑みを浮かべて、店内へと向かう。
「良一様、あなたは……」
俺の背中に向かって何か言おうとしたミオは、口をつぐんで手を振るうと喫茶店の扉がパタリと閉じた。
店内に入った俺は、いつものテーブル席に深く腰掛けるとメニューを開く。
俺には秘策があるんだ。何も現実世界の医者に治療してもらう必要なんてないだろ?
魔法でちゃちゃっと元に戻してもらえばいいだけさ!
「コーヒーをお持ちしました」
「ミオ、さっき何か言いかけてなかった?」
「いえ……なんでもありませんよ?」
ハッとしたように目を見開いて、少しだけ頬を朱色に染めたミオは誤魔化すようにコトリとコーヒーをテーブルへ置く。
ものすごく気になるんだけど……その動揺振りが……。
「俺は何を言われても気にしないから……できれば何を言おうとしていたのか教えて欲しいな……」
「そ、そうですか。あまりに失礼だと思いまして」
「え、そうなの……か、構わないとも!」
一体、どんなことを考えていたんだよお。ミオと同じように俺まで動揺してきて、どっかの似非貴族みたいな口調になってしまったじゃないか!
「では、良一様はその……これまでの『体験』からとても……へっぽこだと思っていたんですが」
事実過ぎて何も言い返せない……。俺はこれまで何度か「異世界逝き」を「体験」したけど、一度たりともうまくいった試しがないからな。
「は、ははは。そうだね……」
乾いた笑い声をあげる俺へ、立ったままのミオは前かがみになり俺の鼻孔を彼女の髪の毛の香りがくすぐる。
ち、近いってえ。
突然、息がかかるくらいの距離に入ってきたミオの怜悧な顔にドギマギしている俺とは裏腹に、彼女は無表情に呟く。
「強盗の件で、あなたのこと……ほんの少しだけ見直しました。メロンの時には殺意が沸きましたが……」
「あ、ありがとう。で、でも、なんでそれを知っているんだ……?」
「……企業秘密です」
ま、まさか。マスターはこう言っていた「コーヒー代は頂いている」と。
お、俺の異世界での行動は全てミオとマスターに見られていたってことおおおお!
うああああ、穴があったら入りたい……。
俺はガクリとうなだれると、両手を頭にやり崩れ落ちたのだった。
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