第10話 メロン

「じゃ、最初に簡単な護身術からやろうネ」

「はい!」


 あぐらをかく俺へビキニアーマーが手を差し出してきたので、いいのかなあと思いながら彼女の手をつかむ。

 すると、彼女は俺の手をギュッと握りしめて立たせてくれた。いやあん。

 っと、起き上がった勢いで足元があ。

 

「あ、すいません」

「しっかりシテネ!」


 彼女があまりに強く引くもだから、引っ張られてメロンの間に顔を突っ込んでしまった。

 え? 踏ん張ることができただろうって。それをやっちゃあ男としておしまいだ。

 

「ああああ、気持ちいいレスう」

「よしよしー。ぼくちゃん、練習しまちゅヨー」


 俺が顔を左右にすりすりしていると、ありえないことに彼女は俺の後頭部をよしよしーと撫でてくれた!

 なんというご都合展開……これが異世界の実力か!

 俺が桃色の気分で戦慄していると、彼女は俺から体を離し木刀を手に持った。

 

「ぼくちゃんもどうゾ」

「は、はい」


 メロンのビキニアーマーさんから木刀を受け取ると、正眼に構えてみる。

 

「んん、剣を持ったことないのカナ。ゆっくりと振るうから受けてみてネ」


 彼女はそういうと、木刀を持った手をゆらりと上に掲げた。

 それだけで、緊張し固まってしまう俺……。あああ、武器を見るとダメなんだよお。

 俺の気配を感じ取ったのか分からないけど、彼女は子供でも簡単に白羽どりできるようなスローモーションで俺へ向けて木刀を振るう。

 

 思わず目をそらしてしまったが、木刀を前に掲げてなんとか受け止める俺……。

 

「んん、じゃあ、これでどうかなあ」

「そ、そんなところに……ナイフをおおお。お、落ちないんですかあ!」

「大丈夫ヨ。いっぱい動かなければネ。じゃあ、ぼくちゃん、これを取ってみて」


 い、いいんすかああ。

 メロンの間に果物ナイフううう。取れたら、ご褒美にメロンを味わってもよかですか?

 いいよねえええ。うおおおお。

 

 果物ナイフは柄の部分が挟まっていて、露出している部分は鈍色に輝く刃だ。いくら果物ナイフとはいえ刺さればただではすまない。

 し、しかし。

 

――欲望は全てを凌駕する。


 武器が怖い? 構えられるだけで固まる? ド素人だし、荒事の経験もない?

 そんな細かいことなぞいいんだよ。俺は……フルーツパラダイスになる!

 

 うおおおおお。

 

 猛然とメロンへ向けて手を振るうが、ヒラリとメロンにかわされてしまう。その際にぷるるんと震えることを忘れないメロン!

 分かっているじゃあねえか、メロンよ。揺れないとメロンじゃあねえな。

 

「頑張ってネ、ぼくちゃん」


 メロンから優しく子供にさとすような母性あふれる声が聞こえてきたが、俺の耳にはもはや何も届かない。

 あのたわわに実った頂きは輝いているじゃあないか。鈍色の輝き……恐怖の対象でしかなかったそいつ……今は尊くそして、気高く見える。

 

 俺はさっきまで固まっていたことが想像できないほどの機敏な動きで、左右にステップを踏みながらメロンへと迫る。

 

―右

―左

―右、そして左へ。


 左へ振られたな! 残念それは、フェイクだ。

 上半身だけ左へ流れているが、下半身は元気……じゃあねえ、右へと既に足を踏み出しているのだ。

 

 そのまますくい上げるように、右手を輝きへ伸ばす。

 だが一歩足りなかった……。

 

「残念ー。でも今のはいい動きだったヨ」

「うおおおお。これは、メロンではなくどこまでも沈むクッションだったのかあ」

「もう、それじゃあナイヨ。ナイフを取ってネ」


 右手、俺は右手が羨ましい!

 ワキワキさせてやるうう。右手よ、堪能してくれえ。

 

「手をついたままだと危ないヨ。こんな風に」


 メロンが俺の右手に手を添えると、俺の視界がクルリと一回転し、尻餅をついてしまう。

 

 あれ、俺さっきまで何してたんだろう? 何かうわごとのように呟いていた気がするけど。

 見上げると、ビキニアーマーさんがニコリと魅力的な笑みを浮かべていた。

 えっと、俺は合気道みたいな武術でひっくり返されたみたいだけど、あの格闘術は使えるかも!

 

「今のに興味あるのカナ?」

「は、はい」

「刃物への恐怖は無くなったみたいだし、でも危ないから木製デネ」


 ビキニアーマーさんは、刺身包丁くらいの木刀を手に持ちそれに目を落とす。

 俺は武器を見たことで、ドキリとするものの身体が硬直することはなかった。お、おお。俺も少しは慣れてきたってことかな。

 

 ◆◆◆

 

 一時間ほど経過したが、まるでビキニアーマーさんに対処することができていない。最初にくんずほぐれつして投げ方や武器の躱し方を教えてもらったけど、実践訓練に入ってからはまるでダメだ。

 それに……これほどの長時間動くのは久しぶりだから、もう息が続かねえ。

 しかし、やれる限りはやらねば……俺はふらつく足を叱咤し、再びビキニアーマーさんへにじり寄る。

 

 そのまま右足を踏み出し、飛び掛かろうとするが……ヨロヨロとよろけてしまった……。

 

「よく頑張ったネ」

「え?」


 地面に倒れ伏そうとしていた俺を抱きとめてくれたビキニアーマーさんに、驚きの声が出てしまう。


「ご褒美ヨ」


 ビキニアーマーさんは、俺の頬へチューをおおお。


「あ、明日も頑張ります!」

「待ってるヨ。キミはこれから基礎練習があるからネ」

「分かりました!」


 よおっし、明日もたわわに実った……ち、違う。格闘訓練をするんだって。

 

「なかなか根性がある新人のようだな! 基礎訓練は俺が担当する」


 肩をポンと叩かれたので、振り向くと……腕を組んで豪快に高笑いする禿げ頭の中年の姿が目に入る。

 なんちゅういかつい身体してんねん!

 

 だが、明日のためにも基礎訓練を頑張らないと!

 

 ◆◆◆

 

「明日も頑張るんじゃなかったんですか?」


 コトリとコーヒーをテーブルに置くミオの視線が痛い……。

 そう、俺はあの後すぐに喫茶店に戻ってきてしまったのだ。

 

「ほっといてくれ……まだ股関節が痛えよ……」

「全く……では、ごゆっくりとコーヒーをお楽しみください」


 うん、そうなんだ。

 基礎訓練の最初「柔軟」でドロップアウトした。

 あの禿げ、押しすぎなんだよお。股裂きとか一般人ができるわけねえだろおう。

 俺の股関節がギリギリと悲鳴をあげて、ギブギブしててもとめない禿げに命の危機を感じた俺は戻ってきたってわけだ。

 

 ああ、メロン……また会いたい。

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