第6話 魔法使いに憧れる

 スローライフな世界から帰ってきて、コンビニのバイトがどれだけ俺に刺激を与えてくれていたのかを噛み締めたんだ。

 俺の場合、家庭も趣味も介護とかもないから仕事で生活にメリハリをつけていくのは悪い事じゃないと気が付いた。

 うん、初日だけね。次の日からは、もうすでにいつものごとく早く早く終われと心の中で怨念を飛ばすように戻っていた……。

 

 あと何時間で五十時間だと考えることで、気が紛れるし労働に対する対価じゃないけど……楽しみ? とでもいえばいいのかなあ。

 そんなものが生まれてきて、六日間を過ごす。

 

 スローライフな世界はダメだ。となると、やっぱり中世ファンタジー風ゲームな異世界が本命だろう。

 チートなスキルで俺つええするんじゃなくて、行きつけの酒場でちょこちょこっと酒を飲みながら話をしたり、ぶらっと街を散策するのもいい。

 あくせくと働くんじゃなくて、適度に負荷を与えるくらいがちょうどいい。それでこそ、一杯の酒がおいしくなるんだ。

 じゃあ、何をしようか……。

 うーん。街の中で仕事をしてってのは……せっかく異世界に行くのに、ここと同じ煩わしい人間関係に悩まされることになるからパス。

 となるとやっぱ王道の冒険者をやるのがいいと思う。

 うん、分かってるよ。冒険者をやるなら、対人での戦闘も見こさないといけないのは理解している。

 いくらチートスキルを持っていても、俺は剣を向けられると戦えない。だけどさ、何も向き合って戦う必要なんてないじゃないか?

 

 弓でもいいんだけど、どうせならファンタジーでしか味わえない魔法だ。これを使って遠距離から戦えば俺にだってできると思ったわけだよ。

 そこでだな、「体験版」をうまく使おうというわけだ。ふふふ。

 

 ◆◆◆

 

 五十時間の労働を終えた俺は、ミオに迎え入れられて喫茶店のアンティークな椅子に腰かけ、メニューをうんうん唸りながら見ている。

 どういった設定にしようかなあ。師匠的な人をつけて、学んだ方が分かりやすいんだけど……どんな性格か分からないし基礎の基礎や常識を分かってるものとして扱われると、まるで魔法の体験はできない。

 魔法の才能をつけるのは決まりだとして……問題は人だな。いっそのこと一人で……ん。

 

「ミオ?」

「コーヒーをお持ちいたしました。お時間がかかりそうでしたので」

「ありがとう。あ! えっと……ミオ、一つ聞きたいことが」

「何でしょうか?」


 いいことを思いついたぞ!

 もし可能なら、人の問題は解決する。

 

「ミオにそのまま居てもらうことってできるかな?」

「そうシチュエーションをつけていただければ可能です」

「おおお!」


 よおし、ミオに案内役をやってもらおうじゃないか。

 彼女が魔法のことに詳しいかは分かんないけど……俺と同じで何も知らないとしても、話し相手がいるといないじゃまるで違う。

 

 今回は七日間いっぱいいっぱい使って、魔法を体験して本命への布石としようと思っているのだ。何という素晴らしいアイデア。我ながら天才なんじゃないかと自画自賛してしまったぜ!

 ミオの設定は俺と同じ世界から転移してきた少女ってことにしよう。彼女の能力は「異世界の知識」にした。そうすることで、本来なら現地の人に聞かなきゃならないことを、彼女が把握しているから俺のアドバイザー役となってくれる。

 

 場所は……魔法使いの館にして俺たちしかいないことにしよう。施設は全部そろっているというご都合主義な展開とした。

 

「良一さま、お決まりになられましたか?」

「うん」


 俺は決めたことをミオに説明すると、彼女はピクリと一瞬だけ眉を動かすものの「かしこまりました」と優雅な礼を行う。

 

「準備はよろしいですか?」

「うん」

「では、目をつぶってください」


 ミオに促されるまま、目をつぶり世界が切り替わるのを待つ。

 

「目を開いて構いませんよ」


 ミオの鈴が鳴るような声に導かれて目を開くと、重厚な石造りの平屋が目に入った。

 これが魔法使いの館だろうな。ここで、魔法を使うに必要なものが全て揃っているはずだ。

 

「それでは、『体験版』をお楽しみください」


 ミオは両手でスカートをつまむと上品にお辞儀をし、忽然と霞のように姿を消す。

 って待て待て! 一緒に「体験版」をやってくれるんじゃなかったのか? そういう設定にしたのにいい。

 

 頭を抱えてしゃがみ込むと、トントンと肩を叩かれた。

 

「ん?」

「良一くん、お待たせ」

「あ、う、うん」


 声をかけてきたのはミオだった。それは間違いないんだけど、服装がいつの間にか変わっているじゃないか。

 太ももの付け根くらいの長さしかないデニムのホットパンツに、白のブラウス。足にはひざ下くらいの黒のブーツをはいていた。

 彼女はいつもの清楚で凛としたたたずまいではなくて、服装も相まって快活な雰囲気を醸し出している。

 

 なんだか、新鮮で……こういうのもいいな。

 

「良一くん、鼻の下を伸ばしてないで、館に入ろうよ?」


 口調もなんだか、よい。

 これって演技かなあ……それとも設定に引っ張られている?

 

「え? 手?」

「もう、もたもたしてないで、中へ行こ。良一くん」


 突然手を握られたものだから、ドギマギしてしまって少し頬が熱くなってきた……。

 

 ◆◆◆

 

 館に入ると、訓練所? はたまた試し打ちの施設なのだろうか。大広間になっており、的撃ち用のダミー人形が二体、壁際に立っていた。

 左右に扉があり、右が研究施設っぽい感じで左に入ると廊下があって、突き当りはリビングとキッチン。廊下の途中に寝室が二つと風呂がある。

 

 ログハウスの時も思ったけど、はじめて行く家を散策するのって楽しいよな!


「良一くん、わたしは魔法は使えないけど、どうすれば使えるのかはわかるよ!」


 ミオはクルリとその場で回転し、俺へ顔を向けた。

 あ、あざといが可愛いじゃねえか。ちくしょう。

 

「魔法って何ができるんだろう」

「そうだね。例えば、これ」


 ミオはスタスタと部屋の隅に歩いていくと、ほうきを手に掴んだ。


「それって、まさか」

「うん、これで空を飛べるよ」


 おおおおお、魔法すげええ。

 俺もほうきを使って宅配便とかできちゃうの? 夢が広がるじゃないか。

 

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