第5話 スローライフは……
――翌朝
仕事にせかされることなく、起きたくなったら起きればいい朝を迎えた俺。いやあ、起きなくていい時に限って目覚めが良いのは休日の日に似ているな。
キラキラした朝日が俺の目に差し込んできてとても心地よい。
さあてとお、ちょっくら牧場の方を見に行くとしますかあ。うーーん、と思いっきり伸びをしてベッドから立ち上がる。
少し脇腹がつってしまったのは秘密だ。
朝食をまるで準備していなかったことに気が付いた俺は、どうしたものかとしばし考え……当初の目的通り牧場へ行くことにした。
牧場には牛が四頭、ヤギが四頭、ヒツジが二頭ノンビリと首を伸ばしている。
近くにいた牛の腹をぺたぺたと触ると、生暖かい。当然だ。生きているんだからなー。この牛は乳牛のようで、お腹にはミルクが満載されているんだぜえ。
朝は牛乳と思って何も食べずにここに来たのだー。
コップを手に持って手をかざすと、牛乳がコップに注がれる。牛乳に手をかざし、皿を持ってくるとそれがチーズとバターに変化する。
便利すぎるだろお。レンジャースキル。
「ありがとう、ホルスタインよ」
「ふんもお」
牛に礼を言っても当然だが、牛は言葉をしゃべらない……。いいんだ、誰も見てないし……動物に話しかける大人の男……少しだけアレかもしれないな。
俺はコホンとわざとらしい咳をしてから鶏小屋の方へと向き直る。
次は卵を採りに行くのだー。
鶏小屋に行くと、昨日一匹鶏肉にしたはずなのに数が元に戻っていた。どうやら、一晩たつと減った分だけポップするみたいだ。なんというご都合スローライフ。いいねいいね。
これだけでもいいんだけど……パンも食べたい。
俺は手にもった皿やらをダイニングテーブルに置くと、畑へと繰り出すことにした。
畑は小麦畑、芋系の畑や葉物野菜まであった。コーンや果てはスイカまであるではないか。驚くことに、これらの作物は全て採取する時期になっている。
小麦に手をかざすと小麦粉へ変化し、キッチンで小麦粉に手をかざすとパンになった。パンを暖炉に持って行って手をかざすと焼き立てのパンに!
いやあ、何不自由ない生活だ。
牧場も畑も一切の世話を必要としない。使ったら使った分だけ一晩寝たら元に戻るというトンデモ仕様なのだから。
「いただきまーす」
焼き立てのパンにバターとチーズを乗せてほうばる。
おいしいいいい。牛乳も搾りたてで新鮮濃厚で絶品だ。ひょっとしたらコーヒーや紅茶もあるかもしれないぞ。
探しに行ってみようかなあ。
この日はログハウスの周辺を散策して、風呂に入ってから星を見ながら就寝する。
――三日目
昨日に引き続き、朝の目覚めは良く牛乳を搾りに行って朝食を食べた。
あー、ノンビリした生活最高だあ!
同じように周辺を散策して風呂に入って就寝した。
――四日目
同じような生活を行う。
時間があり過ぎて、暇を持て余してきた。
――五日目
夜になると外に出ても何も見えないし、テレビとかはないから寝るのが早くなった。そんなわけで、朝日と共に目覚めてしまう。
「あああ、何するかなあ……」
俺はのそのそとベッドから降りて大きく伸びをする。
ふあああとあくびが出てしまうが、誰も見ていないので気にせずにいい。仕事もないしな!
何不自由ないスローライフ。うん、悪くはない。でもさ……
……飽きた。
確かに楽しいし、ストレスフリーでのんびりとした生活を過ごすことができた。
でも……現代人故か何も刺激のない日々は数日で退屈なだけになってしまう。こういうのは休みの日に羽を伸ばすからいいのであって、ずっとこれだとつまらなすぎるよ……。
「ミオ、戻るよ!」
◆◆◆
「コーヒーをどうぞ」
「ありがとう」
そんなわけで俺は喫茶店へと戻ってきた。
ミオがテーブルに置いてくれたコーヒーを一口ゴクリと飲むと、自然とため息が口をついて出る。
「どうされましたか? 良一さま」
無表情で首を傾けるミオに対し、俺は首を振る。
「スローライフ、悪くなかったんだけど……」
「それなら、さきほどの世界へ逝かれますか?」
「ううん、ダメなんだ。人間はさやっぱ何らかの仕事をしないといけないって気が付いた」
「仕事ですか……?」
ミオは表情を変えないままだけど、俺はなんとなく彼女はこの話に興味を持ったのかなと感じ取った。
彼女には俺の言わんとしていることが分からないのかなあ。
「ミオ、ええっと、俺だけかもしれないけど。休みってのは働くから休みと感じるんであって……働かないと休みは実感できないんだよ」
「なんだか哲学的なお話ですね」
「お金をもらう仕事じゃなくてもいいんだよ。子育てでも、近所の人と話すでも……何不自由ない全くストレスを感じない世界ってのは……ええっと……何て言えばいいのか」
これを説明するのは難しいなあ。感覚的なところで感じ取ってくれないだろうか……しどろもどろになる俺へミオはと言えば。
じーっと違った色の怜悧な瞳を俺へ向けたままだ。
「良一さまがさきほどの世界へ逝かないということは分かりました」
「ま、まあそうだね。また働いてからここへ来るよ」
「かしこまりました。ご来店お待ちしております」
「あ、コーヒーを飲んでいってもいいかな」
「はい。どうぞごゆっくりとおすごしください」
ミオは口元へ笑みを浮かべ、左右の指でチョコンとスカートをつまむと優雅に礼を行う。
カウンターへ向かう彼女の後ろ姿をぼーっと眺めながら、俺は次はどんな世界に逝こうかと考えを巡らせるのであった。
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