第2話 チュートリアル
まずは俺の持っているポイントを確認してみると、百二十ポイントと書かれていた。
メニューの一番上にある「逝き方」を見てみると、転移がゼロ、転生が五十ポイントになっている。ふむふむ。転生はやたらポイント喰うんだなあ。
赤ん坊からやり直せるから、寿命が延びることに等しい。転生した境遇次第では遊んで暮らせて、ハーレムなんてこともあり得るからな。
一方の転移は、今の俺のまま別世界へ逝くやり方だ。もし俺が瀕死の病人とか老人なら転移は厳しい選択になるけど、幸い俺は五体満足でまだまだ体も動く。
ポイントを使わないし、転移だな。ここは。
ええっと次は「どのような世界にするか」かあ。いろいろ細かい設定はあるけど、ここは異世界チート物に多い中世ファンタジー風のゲームっぽい世界にしておこう。
なんかチートなスキルを選択して、俺つえええは男の夢だろやっぱ。ふふふ。
「お飲み物でも飲まれますか?」
俺が口元を緩めていると、不意にミオの声が!
だらしない顔を見られたことで少し恥ずかしくなった俺は、コホンとわざとらしい咳をし彼女へ応じる。
「あ、じゃあ、コーヒーを」
「かしこまりました」
彼女はすぐに戻ってくるだろうから、妄想にふけっているとまた醜態をさらしてしまう。
だから、俺はざっとメニューの一覧を流し読みすることしたんだ。
「お待たせいたしました」
「ありがとうございます。ところで、ミオさん」
「はい、何でしょうか?」
「この『体験版』というのは何でしょう?」
「『体験版』は記載の通りの意味になります。『異世界逝き』を体験し、戻りたいところで戻ることができます」
「えっと、その言い方だと一度別世界へ逝ってしまうと戻っては来れないんですか?」
「はい、おっしゃる通りです」
なるほど。それならなおさら一度お試ししておきたいなあ。
体験版に必要なポイントは四十か。決して低いポイントではないけど、転移して無理ゲーですぐあの世へ……なんてことを考えたら、いきなり転移するより体験版の方が断然良い。
「『体験版』を選択されるのでしたら、オプションをお付けすることを推奨いたします」
オプション? あ、ああ。これかあ。
うん、これは確かに必須だろう。しかもお安い!
「ありがとうございます。確かに『死亡した場合、元の世界に戻る』オプションは付けたいです」
なんと、このオプション、たったの十ポイントなんだ。
でもまてよ……体験版を選択するのはいい。だけど、ポイントを使ってしまったら、いざ異世界へって時に使えるポイントが無くなってしまうじゃないか。
なんせ、俺の手持ちポイントはたった百二十なんだぜ。体験版とオプションを一回行うと、残り七十ポイントになってしまう。
俺の不安を感じ取ったのか、ミオは小首をかしげてニコリとコケティッシュな笑みを浮かべる。
「良一さま、ご安心ください。『体験版』で消費したポイントは、現実世界で働けば増やすことができます」
「え、えっと。俺がコンビニでバイトをすればってこと、です?」
「職種は問いませんし、給与の多寡は問いません。必要なのは労働時間です」
「それって、とにかく働けばポイントが……ええっと、五十ポイントまでなら回復するってことですか?」
「はい。一時間当たり、一ポイント取得することができます」
「ありがとうございます。それを聞いて安心しました」
おおお、この条件なら何度でも『体験版』を選ぶことができる!
いくつかの世界を体験して、よいなと思ったところに行けばいい。一発目はもちろん本命の中世ファンタジー風ゲームっぽい世界だ。
「良一さま、体験版ではいくつか制約がございます」
「教えてくれますか?」
「はい。それは――」
ミオの説明をまとめると――
体験版では、ポイントを消費せず「どのような世界にするか」と「シチュエーション」を選択することができる。更に、「才能」や「スキル」といったいわゆるチートを一つ選ぶことができる。
制約ももちろんある。といっても大したことじゃあないけど。
それは、体験版だと転生を選ぶことができない。
一言でいうと、特典はまさに別世界を「体験」するに充分な機能を備えているってわけだ。
「ミオさん、『体験版』を選択しようと思います」
「では「世界観』と『シチュエーション』などはお決まりですか?」
「決まったら呼びます」
「かしこまりました。ごゆっくりお考えください」
ミオはペコリとお辞儀をして、音も立てずにカウンターへと向かって行った。
逝く世界は決まったけど、残りはどうしようかなあ。
そうだな、異世界チート物といえば、うん。これしかないだろ!
なら、選ぶチートスキルは「格闘」にしよう。何も持たずに転移するわけだし、剣の才能とか持っていても仕方ないからさ。
「ミオさん、決まりました」
俺が呼びかけにミオはスーッと音も立てずに歩き、凛とした目線を向ける。
「かしこまりました。それでは、お聞かせください」
「えっと――」
俺はミオへ先ほど考えた内容を伝えると、彼女は口元だけ笑みを浮かべ軽く顎を引く。
「かしこまりました。それでは、逝かれますか?」
「あ、まだ聞きたいことが……戻りたい時にはどうすればいいんですか?」
「心の中で念じるだけです。『戻りたい』と」
「なるほど。了解です。もう一つ、『体験版』の期間ってありますか?」
「はい。ございます。現地時間で七日までとなっています」
案外長い間体験できるんだな……あ、ああああ。
肝心なことを聞き忘れた。
「では、目をつぶってください」
「あと一つありました! すいません。向こうで過ごした時間ってどうなるんでしょう?」
「ご安心ください。帰還された際には、逝った時間に戻ります」
「了解です。では、お願いします」
じゃあ、本当にあるのか分からないけどミオの言う通り目をつぶってみるとしますか!
瞼を閉じると、ひんやりとた指先の感触が俺の瞼に伝わってきた。
すぐにスッと手が離れるとミオの声がする。
「お待たせいたしました。それではお楽しみください」
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