フリーター青木のうまく逝かない異世界生活
うみ
第1話 「異世界逝き喫茶店」現る
――異世界に行って、チートをもらって、俺つえええしながら女の子とキャッキャしたい。
俺は仕事が終わるとそんなことを考えながら、帰路につく日々を送っている。
俺こと
つまらない、本当に毎日がつまらない。変えよう変えようと何度か思い立ったけど、翌日にはそんな気分も萎えてしまい、元のつまらない日常へと戻る毎日だ。
トボトボと足取り重く歩いていると、家までの道のりにある最後の交差点が見えてきた。
信号は赤。ついつい目の前を通り過ぎるトラックを見つめてしまう。あー、あのトラックにぶつかったら転生できたりしないかな。
向かいの信号が青から赤に変わる。こちらの信号も間もなく青に変わるはずだ。
その時、まだいけると思ったのかトラックが一台すごいスピードで横断歩道に飛び込んでくる。
いっそのこと……俺は右足をあげ――
しかし、俺の足は動かなかった。
転生なんて妄想だろ。トラックにひかれたら、ただ痛いだけ。そして人生も終了。
俺は自ら命を絶とうと思うほど絶望しているわけではないし、もしそうだとしても自殺する勇気なんてない。
「バカなことを考えていないで、とっとと帰ってゲームでもしよう」
そうだよ。明日は休みだ。一日家に引きこもろうじゃないか!
俺が気分を新たにして横断歩道を渡ろうとした時、後ろから俺を呼ぶ声がする。
「いらっしゃいませ」
「え? えええ!」
思わず振り返った俺の目に飛び込んできたのは、ありえないほど神秘的な少女だった。
歳の頃は二十歳に届かないくらい。着ている服はどこにでもあるような黒のメイド服。あえて言うならば、スカートの丈が短いことくらいだろうか。
あでやかで艶のある黒髪も俺が日常的に見る黒髪と様相がことなる。どう表現すればいいのか……闇を切り取ったかのような黒色? うーん、うまく言えない。とにかく見たこともない黒色なんだ。
その黒髪は一糸の乱れもないストレートで、前髪は眉の上で真っ直ぐに切りそろえられていた。そして、大きな目をしたビスクドールのような愛らしい顔をしている。
しかしそんなことではない、俺が驚いていたのは別のところにあるのだ。
それは目の色に他ならない。右目は金色、左目は銀色……見たこともない目の色に俺はつい言葉を詰まらせてしまったのだった。もちろん、目を除いたとしても少女の容姿がこの世の者とは思えないほど魅力的だったこともあるけど……。
「お客様、別の世界へ行ってみたいとお考えではないでしょうか?」
少女は鈴の鳴るような声で俺へぶしつけに問いかけて来た。
俺はその言葉にドキリとしてしまう。というのはさっきまでの妄想を見透かされた気がしたからだ。
「何を言っているんですか……突然……って!」
自分の気持ちを誤魔化しながら、なんとか言葉を返した俺はとんでもない事にようやく気が付く。
なぜなら、さっきまで道だったところに古風な喫茶店が姿を現していたんだよ!
喫茶店の入り口は重厚なマホガニー製の扉があり、猫の形をしたベルがかかっている。扉の前にはレンガで出来た三段の階段。右手に目をやると……赤く変色した葉が生い茂ったモミジの木があり、左手はピンク色へと鮮やかに色ついた満開の桜の木。
異常に過ぎる。しかし、不思議とその全ては調和がとれているように感じられた。
「ここはお客様を異世界へご案内する『異世界逝き喫茶』です。私はウェイトレスのミオと申します」
オッドアイの少女――ミオはスカートの裾をチョコンと両手でつまむと優雅に礼を行う。
「異世界……別の世界なんて物語の中だけですよ」
肩をすくめて困った顔をする俺へ、ミオは口元だけで微笑みを返し扉を開く。
チリンチリンと鈴が鳴る音が鳴り響き、彼女は右手を中へと差し向けたのだった。
正直なところ、早く家に帰って休みたいのだ。いくらミオが魅力的過ぎる少女だとしても、これほどうさんくさい喫茶店にわざわざ入りたくない。
しかし、俺は導かれるように店内へと足を動かす。
◆◆◆
店内は四人掛けのテーブル席が三つ、奥には落ち着いたこげ茶色の一枚板の天板でできたカウンターがあり、五十代半ばほどの老紳士がグラスをシルクの布で拭っていた。
おそらくこの人が喫茶店のマスターなのだろう。
店内にさりげなく飾られた調度品は英国風アンティークとでもいえばいいのだろうか、老紳士もまた古めかしい英国風のダークブラウンのスーツに身を固めている。
「こちらへどうぞ」
ミオが椅子を引いてくれので、俺はお礼を言ってそこへ腰かけた。
俺が座るとすぐに、ミオはどこから取り出したのかA3サイズほどの真っ白いメニューを机の上へそっと置く。
まあ、入ってしまったからコーヒーでも飲んで帰るとするかあ。
俺はメニューを手に取り、金色の字で書かれた文字を読み始める。
「な、なんだこれ!」
「お好きなメニューをお選びくださいね。決まりましたらお呼びください」
そ、そんなことを言われてもだな。何を書いているんだ、このメニューは!
戸惑う俺へミオはペコリとお辞儀をして、カウンターへと引っ込んでしまった。
なんというか、これは驚くというよりあきれてしまう。
だって、メニューにはこう書かれているんだぜ。
『お好きな世界逝きをお選びください』
そして、メニューはまず転生か転移を選ぶようになっている。でも、横に書いている数字の意味が分からないな。
他にもいろいろあるぞ。「世界観」とか「能力」とか……。全ての項目には詳細があり、数字が振られていた。
「良一さま、まずは裏をご覧になった方がよろしいかと」
いつのまにかミオがテーブルのそばまでやって来ていて、メニューを指さす。
「な、なんで俺の名前を……」
「裏面をご覧になっていただければ分かります」
言われたとおり、メニューをひっくり返してみると……俺の個人情報が満載されていた!
名前から生年月日、住所……そして、一番下に数字が書かれている。
「ミオさん、これは……一体……」
「良一さまの現在持っているポイントになります。ご自由にお使いくださいね」
「あ、う、うん」
意味が分からない。さっきから俺の想像を超える出来事が続いていて、俺の感覚がおかしくなってきていると思う。
だって、俺は本当に異世界に行けるんじゃないかとか思い始めているのだから。
ミオの金色と銀色の瞳、外にある満開の桜と紅葉したモミジの木、そして俺の個人情報が満載されたメニュー。どれも、普通では起こりえないことなんだ。
だったら、異世界だって……ありえるのかも……なんてね。
物は試し、ポイントの範囲内で選んでみることにしようか!
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