第30話  ジャングル

 兄やん達をその場に残したまま、新田班と綿田班はそれぞれ移動車に分乗して現場へと向かった。


 移動車は通勤時とは異なり、行く現場によって変更になる。その日毎に班分けが変わるので、移動で乗る車もその都度シャッフルされるのだ。


 その日は俺が会社のライトバンを運転して、斉田さんと坂田さんを乗せて現場に行くことになった。


 現場に着くと、みんなで車の荷台から道具類を降ろす。その中には坂田さんの使用する刈払機もあった。刈払機も当然資格が必要で、この三人の中では坂田さんだけが、有資格者なのである。


 坂田さんは背はあまり高くないが、がっしりとした体格をしていた。髪の毛は全体に短く刈っており、天然パーマなのか見ようによってはパンチパーマに見えなくもない。顔も大きく声もドスがきいていて、こわもてのするタイプである。


 荷物を降ろした後に現場を点検してみて、みんな騒然となった。

「なんだこれは?」

 こわもての坂田さんが、ドスのきいた声で呟いた。坂田さんだけでなく、みんな同じ思いだった。

「まるで開墾者だな、俺達は」

 斉田さんもうんざりとしながら、坂田さんに追従する。無理もない。そこはまるでジャングルだった。俺達は北海道の屯田兵になったような気分になった。


 農地にも関わらず直径二センチ以上もあるような木が、草に囲まれながら全体に鬱蒼と茂っている。中には直径五センチを越えるものもちらほら。

 これのどこが農地なのか……。普通に考える農地のイメージからは、あまりにもかけ離れていた。


 とは言え、どこに文句を言えるわけでもなく、俺達は作業を開始するしかないのである。

 まず刈払機を使って坂田さんが、草と木を刈っていく。体格の良い坂田さんは、軽々と刈払い機を振り回している。その後を俺と斉田さんとで草木を熊手で集めながら、両手で抱えてフレコンへと入れていく。あまりにも太くて刈払機の歯が立たない場合は、手鋸を活用する。


「いてっ」

 斉田さんが抱えていた草木をその場に落としながら叫んだ。

「斉田さん、どうしたのですか?」

「イバラだよ」

 斉田さんは顔をしかめながらそう答える。

 その落とした草木を見ると、緑色の茎に大きなトゲをつけたイバラがいくつも混じっていた。


 斉田さんは大急ぎで手袋を外して、指先を眺めている。そこからはプツンと血が浮き上がっていた。白の綿手と作業手袋で二重にしていたにも拘わらず。


 刈払いの済んだ現場をよく見ると、草木に混じってあちこちに刺々しいイバラが沢山ある。イバラとはトゲのついた草木の総称で、その中には野バラも含まれる。


 あながちジャングルという表現も過大とは言えないと思った。


「どうした?」

 俺と斉田さんが騒いでいると班長の新田さんが割り込んできた。

「斉田さんがイバラのトゲを指に刺したみたいなんです」

 取敢えず俺は状況を説明する。

「大丈夫か?」

「大丈夫です。指先をちょっと刺しただけですから」

 新田さんの問いに斉田さんは、どうってことないですよと言わんばかりに答えた。


「ばか野郎。そういう小さな傷から破傷風菌が入ったりするんだぞ」

「でも……」

 斉田さんとしては、ちょっとした傷位でみんなに迷惑を掛けたくないと思ったのだろう。


「取敢えず血を吸出して、破傷風菌が残らないようにするように。もし傷口が悪化するようなら直ぐに報告するんだぞ」

「でも……本当に大丈夫ですから」

「これは個人が大丈夫かどうかということではないんだ。悪化して報告がないと労災隠しということで、会社もJV も大変なことになるんだからな」


 なんだかんだと言っても新田さんは、さすがに班長である。俺や斉田さんはそこまでのことは考えてもみなかった。


 新田さんはかなり厳しいことをいう班長だが、その実親分肌で面倒見のある人でもあった。厳しいことを言いながらもここぞというところでは守ってくれるのである。


 結局その日は刈払いは済んだものの、集草は翌日に持ち越した。

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