第17話 入寮
午後一時の待ち合わせまでには、まだ少し間があった。俺はコンビニで時間調整をすることにする。丁度昼時でもあり、パンと牛乳を買って昼食を済ませた。
一時五分前になってから宿舎の駐車場へと車を入れる。そしておもむろに正田さんに電話をした。
「もしもし、正田さん。今宿舎の駐車場に着いたのですがどうすればよいですか?」
「分かりました。直ぐに駐車場に行きますのでそこで待っていて下さい」
程なくそれらしき人物が書類らしきものを手に現れた。
「松田さんですか?」
先方も俺の姿を見て、それと察したらしい。駐車場には車は沢山あっても、人は俺しかいないので一目瞭然である。
「正田さんですか? 松田です。よろしくお願いします」
「まず入寮の手続きをしなければならないので、管理室まで一緒に行きましょう」
正田さんは書類を手に持ったまま俺を先導して管理室に向かった。
この宿舎は新築らしく、一部の棟ではこれからドアを設置するのか廊下にドアの部材が並べられていた。
二階建の棟が五棟。規模としてはあまり大きくはなく、全体でも精々二百人程度の宿舎である。
管理室では正田さんと管理人を交えて説明を受け、入寮手続きを済ませた。
俺の部屋はD棟の二階の一番端だった。この宿舎は廊下からドアを開けると右に一部屋左に一部屋、その間に共用のバス&トイレという構造になっていた。約四畳と狭いながら、ベッドも布団もテレビもテーブルもイスもエアコンも付いていて至れり尽くせりである。
部屋に荷物を運び入れて整理をしていると、隣の部屋も向かいの部屋も入居し始めた。
隣は斉田さん。静岡県出身の六十三才で、俺より五歳ほど歳上と聞いている。年齢から来るものなのか耳が悪く、普段は補聴器を付けていた。
向かいは浜田さん。年齢は五十過ぎで地元福島は郡山の人と聞いている。
まだお互いに入居したてで、挨拶と簡単な自己紹介以外の言葉を交わすこともなく、自分の荷物を運び入れていた。
夕方、正田さんが雇用契約書を持って俺と斉田さんの部屋に来た。その書類にサインをしてくれというのである。
俺がなんの躊躇もなくサインをしようとしていると、斉田さんが不審げに正田さんに質問をした。
「この契約書は日給一万六千円になっていますが、たしか俺達の日給は一万七千円ではなかったですか?」
「えっ?」
そこまで詳しく見ていなかった俺は、それを聞いて唖然とした。
「それは人によって金額が違うのだけどJVに提出するには一定にしておかないといけないので、書類上はどうしてもそうなってしまいます」
正田さんは悪びれた様子もなく、あくまでも書類上だけのことと説明する。
ここに来るまで雇用契約書が一番大事と聞いてはいたが、この時点において『それはおかしい。それなら辞めます』とは言えるものではない。それは質問した斉田さんにしても同じだった。
結局俺達は二人ともサインをするしかなかったのである。
「実際の仕事は明後日からですが、明日は新規入場者教育があるので朝六時半に駐車場に集合して下さい」
最後に正田さんはそう言い残していった。
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