一人称に何を使うか

 先日、中国歌壇に道浦母都子さんの選で次の短歌が掲載されました。


白秋と牧水愛するおじいさん自分のことを「僕」といいます


 自分でもお気に入りの一首なんだけど、これ関東圏の人が読んだら「だからどうした」で終わるんだろうなあ。

 ワタクシの住んでいる地域では、年配の方は自分の事を「わし」と言われる方が圧倒的に多いのです。ある年配の方によると、子供の頃、東京に住んでいて引越して来た子が自分のことを「僕」と言ってたので、「ボクチャン、ボクチャン」とからかわれてたんだそうです。そういう土地柄です。「僕」というのは、なんとなく「都会的」とか「ひ弱」とか「気取ってる」とか、そういう響きがあるんですね。ワタクシの同世代でも「わし」率は圧倒的に多かったなあ。

 自分は今、介護の仕事をしているんだけど、それでも「僕」と言われる方はいらっしゃいます。他所の地域から来られた方、それから比較的学歴の高い方ですね。それから、短歌や俳句が好きな方がいらっしゃった。「おお~、文学青年!」そんな響きもありますねぇ~、「僕」には。

 他の歌人がどんな一人称を使っているのか、結構気になります。「オレ」、「オイラ」、「僕」……。それぞれ多用する一人称によって読み手のキャラが見えてくる。この辺が短歌の魅力でもあるんだなあ。俳句ではそれは描けない。

 はい、ワタクシの場合は女ですからね。やっぱり「私」が多いんですが、短歌は字数の制限があるので、「ワタシ」と読ませたり「ワタクシ」と読ませたり、「我」だったり、いろいろ使ってます。とりわけ、「この一人称を使う」という取り決めはしておらず、割とこだわりないですね。自分は小説も書いてるんで、自分の中に眠っている色んなキャラを引っ張り出す、ということもやってます。普段の会話では使わない「あたし」なんてのも使ってみたり。あと、本当に小説みたいに、自分ではない少年の気持ちを描いて「僕」を使って詠んだものもあります。短歌では時折「吾(あ)」なんてのも出て来ますね。かっこいいなあ、と思うけど、まだ自分は使える段階に至ってないです。

 ところで「わし」文化圏に育ったワタクシですが、自分、男だったら自分を「わし」って言ってたのかなあ。短歌を「わし」で詠んでたのかなあ……。なんかあんまり想像つかない。やっぱ「ひ弱」な文学青年の「ボクチャン」になってたのかなあ……?

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