第18話 中二病コンビの殴りこみ

 話は十分ほど前にさかのぼる。

 まどか達はさくら寮へ続く坂道まで戻って来ていた。地区図書館から時間にして四十分ほど。道のりのほとんどが駆け足というマラソン状態だった。


 そこまで早く無事に戻って来られたのはパワーアップした姫の護符と「動く結界」のおかげだった。この結界とともに移動しながら、椿は防犯ブザー付弓矢を方々に射ち込むことでゾンビたちの接近を事前に回避していた。


 しかしここまで無事に戻ってこられたものの、坂道の途中に落ちていたリュックサックが一同を絶望の底へと叩き落した。

 まどかがリュックサックを抱きしめたまま無言で佇み、姫が腕を組んだまま霧に呑まれた坂道を睨みつけていると、やがて微かな足音とともに寮の様子を伺いに行っていた椿が霧の中から姿を現した。


「――どうだった!?」


 と、同時にまどかと姫が詰め寄る。


「やはり私たちが留守の間に寮へ踏み込まれたみたいです。数は二十人近く。ホームセンターに居た双子の姿が見えたのでたぶん同じグループです」


「あいつらほんとにしつこいったらありゃしない!」


 姫が拳を叩いて吐き捨てるように言う。


「で、乙葉ちゃんは無事なの?」


 まどかの質問に椿が無言で頷く。ほっと安堵の表情を浮かべるまどかだったが、椿が繰り出した言葉に表情が固まった。


「でも一刻の猶予も許さない状況です……」


「すぐに乙葉ちゃんを助けに行かなきゃ! 今の私たちなら乙葉ちゃんを助けたあとであいつら全員フルボッコの病院送りにして寮から叩き出すのだって朝飯前でしょ、ね!?」


 姫が腕まくりをしながら鼻息荒く椿に同意を求めたが、まとがが間に割って入る。


「も、もちろん乙葉ちゃんは助けるけど絶対に無茶はしないで。みんなが無事ならばさくら寮なんかどうだっていい。あいつらがあそこに住みたいって言うならばそうさせてあげましょ。私たちが我慢してどこか他の場所へ移れば丸く収まるのなら喜んでそうしよう。結局ああいう面倒くさい連中とは極力関わらず波風立てずスルーするのが一番なの。だから力尽くで寮を奪い返すなんて危険なことはしなくていい。そんなことをしてもなんの得にもならないし、ただ面倒ごとを抱えて疲れるだけなんだから。ねえ、そうでしょ?」


「そ……そりゃ確かにまどか先輩の言うことも一理あるけど…… でもあいつらの目的はさくら寮じゃなく私たち自身なんですよ? 実際あいつらはしつこく追いかけ続けてきてついには第一さくら寮まで探し当てて乗り込んできた。こっちはスルーしたくてもしつこく追いかけ続けてくる相手にそんなお花畑の理屈が通用するとは思えませんけど? どこかでガツンとやってやらないとこの鬼ごっこはいつまでも続きますよ先輩」


「で、でもそれでも……」


 まどかは言葉に詰まった。確かに姫の言い分はもっともだったが自分の考えも間違えてはいないという自負があった。


「つ、椿ちゃんはどう思う?」


「ノーコメントで。とにかく今は時間がありません。救出プランはもう頭の中に出来上がっているのでそれを今から二人にも実行してもらいます」


 と、椿は目を伏せたまま淡々と答える。

 心のどこかで椿なら自分の考えに賛同してくれると思っていたまどかは、彼女のそのどこか余所余所しい態度に針が胸に刺さったような痛みを感じた。

 一番肝心な時に集団としての意思の統一が図れていなかったことが浮き彫りになって、まどかは自分の力不足をかみ締めていた。




 アキラがまさにこの一瞬を待ってましたと言わんばかりに、歓喜に打ち震えながら後輩たちとともに玄関ホールへ飛び出すと、そこに居たのは一人の少女だった。


 ブロンドのツインテールに日本人離れしたくっきりとした目鼻立ちの美少女は、大股開きで立ち、腕を組み、足元に散らばる壊れたドアの木片とアキラたちを交互に睨み付けていた。そして防犯ブザーを足元に投げて寄越す。


「……正門に変な小細工が仕掛けてあるかと思えば、私たちの大事な大事なさくら寮のドアまで壊されてるんだけど? ねえ! これをやってくれちゃったのはあんた達のわけ!?」


 ハーフの美少女――姫は、二十人近い少年たちを前にしても一向に臆する素振りを見せず、それどころか今にも怒りが爆発しそうな勢いだった。


「あんたら、まさか乙葉ちゃんに手ぇ出してないでしょうねえ……!」


「おいおい、こりゃまた威勢のいいクソ女だなぁ。他の連中はどうした? まさかおめえ一人が事態を察して、慌てて俺たちのチンポ咥えに来てくれたのか?」


 そうアキラが茶化すと、周囲の少年たちからどっと笑い声が起きた。


「まあ苦情その他諸々のご意見は食堂で受け付けてやるからよ。そんなカッカッしてないで上がれよ、な?」


 アキラの合図で二人の少年が姫に近づいて腕を掴もうとする。


「私に気安く触れないで!」


 姫は一歩後ろへ飛び跳ねると、右手に持っていた長方形の霊符を自分の左胸に貼り付けた。


「あんたら全員くしゃくしゃのぼろぼろにしてやるから……!」


 そして九字を唱えつつ九つの印を結び、ポケットから祖母の形見の筆を取り出してアキラたちへ向けた。


「さあ、私の可愛い死人しもべたち、みんな出番よ!」


 その声と同時に、姫の背後に見える中庭を覆う霧の中から音が聞こえてきた。何かが地面を蹴る音。それも複数だ。

 アキラたち不良グループが固唾を飲んで見守っていると、霧の中から次々と現れたのは両手を前に突き出して、両足を揃えたままの姿勢で飛び跳ねて前進してくるゾンビたちだった。数は十体。性別は全て男性。年齢は少年から青年、中年と様々だ。そして全員の額には姫が左胸に貼り付けている霊符と同じものが貼られていた。


 その十体のゾンビがピョンピョン飛び跳ねるというコミカルな動きながらも、まるで訓練された兵士のように姫をぐるりと取り囲むように整列すると、その円の中心部で姫が不敵な笑みをこぼした。

 明らかに何かしらの意思が介在していることがわかるその動きに、少年たちからどよめきが起きた。


「――さあ、乙葉ちゃんを返してちょうだい! 逆らったら私のキョンシー軍団が全員フルボッコにしちゃうわよ!」


 キョンシーたちを引き連れた姫が不適な笑みを浮かべて玄関を上がると、少年たちがクモの子を散らすように食堂の奥へ、廊下の奥へと逃げ出した。




 結局、大悟は適当に部屋を決めるとベッドの上に乙葉を放り投げてそそくさとチノパンツをずり下ろした。ベッドの上で怯えている乙葉をにやにやと見下ろしながらポロシャツを脱ぎ捨てて、トランクスに指をかける。


「リミッター解除! 唸れ! 俺のフェアリー殺しの必殺マグナム――」


 と、悦に浸りながらそこまで言いかけた時にドアがノックされた。


「――て、おい、俺の決めゼリフ邪魔すんじゃねえよ、くそボケがぁ!」


 大悟が怒鳴りつつドアを開けると、廊下の暗闇に立っていたのは小柄でこけしのように細いシルエットだった。


「ん?」


 突然そのシルエットがLEDライトを向けてきたので相手の顔が見えない。と、同時に大悟は鋭い殺気を感じて、咄嗟に両手で下半身をガードした。

 金的。

 相手の本気具合いが衝撃となって手の平をびりびりと突き抜けていく。


「て、てめえ……何者だ!」


 大悟が相手の顔面目掛けて右パンチを繰り出す。

 しかし何者かはトンボ返りで軽くパンチを交わすと、そのまま連続伸身後方宙返りで廊下の奥へと逃げていく。その間も懐中電灯を口に咥えたままで、間合いを開けてからも白色光がぴたりと正確に大悟の顔を捉えていて、相手の姿を直視できない。


 しかしシルエットから相手が少女であることは大悟にもわかっていて、その身のこなしも含めて彼の闘争心に火を点けた。

 曲りなりにもこの辺りでは最強と恐れられた自負もある。格闘技のようなかったるい事は習得する気もなかったので未経験だが、そもそも身長百九十五センチの恵まれた肉体の前でそんなものは単なる遊戯に等しく、実際に空手やキックボクシング経験者で腕に覚えのある者が挑戦してきても幾度となく力任せに粉砕してきた。


 中学生の時に地元のやくざを半殺しにして逆にスカウトされたこともある。

 この肉体さえあれば怖いものなど何もない。

 大悟は光に向かって突進した。一度相手を捕まえてしまえばそれで終わりだ。


 終わりのはずだった。

 大悟は自分の巨体が一回転して廊下の床に叩きつけられたのを理解するまでに数秒を要した。

 何者かが自分を見下ろしていた。口に咥えている光が眩しい。


「くそっ……!」


 起き上がると同時に左手に力が加わり、前方へぐいっと引っ張られたかと思うと次は上へ引っ張られて、足元がフラついて体勢を整える間もなくすかさず右へ引っ張られると同時に肉体が宙で一回転して、気がついた時にはまた光が自分を見下ろしていた。


 大悟は床を転がり間合いを取って立ち上がろうとするが、光が追いかけてきたかと思うと次の瞬間にはまた身体が宙を舞って床に叩きつけられてしまう。


 暗闇の中から常に瞳孔に突き刺さる白色光に視界を奪われて、光の乱舞と回転する自分の肉体に次第に平衡感覚が奪われていく。まるで宇宙空間で太陽の引力に翻弄される小さな塵だった。


 そして大悟の胸の底から冷たい恐怖がこみ上げてきた。今まで味わったことのない屈辱的な無力感。顔が見えない得体の知れない相手に、得体の知れない技で肉体の自由が奪われていくという恐怖。


 大悟は踵を返して階段へ向かって駆け出した。一人ではこの得体の知れぬ何者かに対応できないが数で攻めれば好機は掴める。

 が、そんな一縷の望みも一瞬にして潰えてしまった。


 いつの間にか何者かは目の前に立ち塞がっていたからだ。いや、大悟の視覚はしっかりとその何者かが自分の巨体を飛び越えて左の壁を蹴ったかと思うと、次には右の壁を蹴って廊下の中央へと躍り出ていたのを捉えていたが、その人間離れした身体能力を彼の常識が否定していたのだ。


 絶対逃れられない光の障壁。寸分狂わず自分を捕らえて離さない白色光が、自分が格闘技術を持ち合わせていない、ただの筋肉の塊に過ぎないと言うことを白日のもとへとさらけ出していく。

 それは弱さを射抜く浄化の光。


 大悟は精神的にも肉体的にも追い詰められて、やけくそでその光に向かって突進した。

 光が揺れ、天地が逆転したかと思うと、全身が何度も床に叩きつけられた。

 自分が階段を転がり落ちて踊り場にいると気付いた大悟は、そのまま逃げるように階段を転がり落ちて行った。


「お、おい、誰か助けてくれ、上にめちゃくちゃ強いヤツが……!」


 廊下で四つん這いになって助けを呼んだ大悟の目に映ったものは、ゾンビを従えて玄関を上がろうとしているブロンドのツインテールの少女と、四方へ逃げまどう後輩たちの姿だった。

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