第16話 DQN襲来とまどかの力

 乙葉はこれで何度目になるかわからない戸締りの確認を終えると、廊下のモップ掛けを再開した。


 一階の窓ガラスは全てバリケードで塞いであるので、人が出入り出来るのは正面玄関と建物横にある調理場の勝手口、そして二階に設置した非常用のはしごのみとなる。


 塀には防犯ブザーを利用した侵入者感知用の罠が設置してあり、外の井戸やドラム缶風呂がある小さな広場にもバリケードが設置してあるが、今朝皆が出かける前に一人になったら絶対勝手口ドアを開けてはダメと、椿からきつく言われているのできちんと実行していた。


 そして寂しさと不安を紛らわすために鼻歌を口ずさみながらモップ掛けをしていると、ふと玄関ホールの姿見に映った自分の姿に気付く。

 白い割烹着に百四十センチ前半の背丈。やや丸みを帯びた輪郭は母親を連想させる。母親はいつもこんな格好をして、店舗と居間と台所を飛び交っていた。


 あの忙しそうな、それでいて充実して幸せに満ちていた背中を思い出すと、乙葉の心にぽつんと穴が開いてすべてがそこへ滑り落ちていってしまいそうな錯覚に囚われる。


 乙葉はため息をついてその場に膝を抱えてしゃがみ込むと、つまらなさそうに玄関のドアを見つめた。

 皆が出かけてからもう三時間が過ぎている。戻ってくるとするならばまだ最低でも三十分はかかるだろう。


「乙葉さーん、今はのんきに落ち込んでる場合じゃないでしょー。はい、あと一踏ん張り一踏ん張りぃ!」


 乙葉は立ち上がると、自らを鼓舞するように胸の前で両手を握り締めた。

 この寮生活を維持するために危険と苦労を冒している先輩たちを、せめて綺麗な場所で迎えて労を労いたい。

 気を取り直してモップ掛けを再開すると、すぐに中庭の方から音が聞こえてきた。


「え……?」


 考えなくとも、音の正体はすぐわかる。特徴的な甲高い電子音――

 防犯ブザーだ。

 しかも鳴っているのは一つだけではない。玄関を中心にして左右の方角から幾つもの電子音がけたたましく立ち上がっている。一つだけならば何かの弾みも考えられたが、これだけ同時に多数では偶然とは考えられない。

 侵入者――それも複数だ。


「うそ、こんな時にどうして……!」


 乙葉の幼い顔から一気に血の気が引いていく。

 その間にも塀に沿って蒔いてある防犯砂利の上を何者かが建屋に向かってくる足音があちこちから聞こえてくる。

 乙葉はモップを投げ捨ると慌てて階段へと向かった。

 しかし甲高い電子音はいつの間にか裏庭でも鳴っていることに気付いて足を止めた。


「ど、どうしよう……」


 一気に三百六十度全方位で鳴り出した防犯ベルから察して、侵入者はかなり多いのではないのか。

 いま二階の非常階段から外へ逃げても見つかる可能性が高い。


 乙葉は踵を返すと、玄関隣の個室へと駆け込んだ。床の隅にはバリケード設置の時に余ったベッドのパーツが並べられていて、その横にある机の下へ滑り込むと、机の幅よりやや小さいカーペットを捲った。カーペットの裏側と四角形に切り取られた床の一部は接着されていて、人が一人通れるほどの抜け穴が姿を現した。


 ある時、椿が思い立ったように作ったパニックルームだ。パニックルームと言っても、建屋の床下へと繋がっているだけだが今のような状況では作ってあってまさに正解だったと言える。


 乙葉は床下へ入り込むと、片手でカーペットを掴んでその裏側の蓋が床にはまるように引きずった。蓋がはまると自然にカーペットが隠れ蓑になるという寸法だ。


 高さが六十センチあるかないかの床下は薄暗く、乙葉は寝そべったままあらかじめ床下に用意してあった非常用リュックの中身をあさって懐中電灯を取り出した。

 するとそれとほぼ同時に玄関の方からドアが破られるような音が鳴り響き、たくさんの足音と男たちの声が流れ込んできた。




 ドラッグストアから三百メートルも離れていない地区図書館にまどか達の姿はあった。

 とにかくあの走るゾンビから逃れようと、国道沿いに広がる住宅地の中を闇雲に逃げていて偶然ここへ辿りつき、玄関の窓ガラスは打ち破られていたが中には人もゾンビも居なかったことから、一旦ここで様子を伺うことになったのだ。

 玄関には机やイスを積み上げてバリケードを作ったので、当面の間は何者かに侵入されることもないだろう。


「……もう寮を出てから三時間以上経っているのね。帰りが遅れるから乙葉ちゃん心配するだろうな……」


 まどかは薄闇の中に浮かび上がる壁の時計を見つめて、ぽつりと呟いた。椿と姫は各々が好きな場所に座っていて、心ここにあらずといった感じにずっと押し黙ったまま考え事をしている。


「と、とにかく――」


 とにかく、なんだ? 刺又を二本とも失い、ゾンビの生態にも変化が見られる中で、なんとか無事に、それも乙葉を心配させぬよう一刻も早く帰れる方法を、自分は年長者として、先輩として、寮長として不安に塞ぎこんでいる二人の後輩に示さなければならないのではないのか……


 しかしそんな知識も知恵も持ち合わせているわけでもなく、苦しみ紛れに口を出たのは、


「乙葉ちゃんが持たせてくれたお結びとお茶をいただきましょ」


 という我ながら間抜けと思う提案だった。自分の不甲斐なさに泣きたくなるのを堪えながら、まどかはやけくそ気味に笑顔を作った。


「ほ、ほら、二人ともこっちにおいでよ。まずは腹ごしらえしなくちゃ。お腹が空いてちゃいい考えも浮かばないわよ」


 椿と姫はしばらく上の空だったが、まどかが紙コップにお茶を注ぎ始めると引き寄せられるようにどちらからともなくテーブルについた。

 まどかはアルミホイルをほどいて六つのおにぎりを二人の間に広げると、そのうちの一個を掴んで食べ始めた。


「おいしいよ。ほら二人も早く」


 まどかの再三の呼びかけに、二人もそろりそろりと手を伸ばしておにぎりを口に頬張る。そのほっとしたような、どこか緊張がとれたような二人の顔を見てまどかは少し安心した。


「どう少しは落ち着いた? じゃあみんなでアイデアを出し合って無事さくら寮に帰れる方法を考えましょ。これ以上乙葉ちゃんを心配させるわけにはいかないんだから」


「……じゃあ、まずゾンビの生態で気付いた点をいくつか」


 そう切り出したのは椿だった。


「さっき遭遇した三体のうち、白衣のゾンビは明らかに懐中電灯の光に向かって突進してきたと思って間違いないです。そして後から来た二体。これは騒ぎを聞きつけてやって来たので、従来通り音に反応して。でも店内の暗がりで私たちの姿を認識出来ていないようだったので、霧の中と外で人間を認識する方法に違いはあるのかも……」


「でも、あの後で突然走って向かって来たわよ?」


 と、姫が疑問を口にする。


「うん。あの二体がやって来た時に、私たちは動いてもいなかったし、懐中電灯も向けていなかった。でも動き出した途端に向かって来たということは、ゾンビは一応ものは見えているけれど、視力が極力弱いから光を向けたり動かなければ人間を認識出来ないってことだと思う」


「じゃあ、霧のなかでは今まで通り音に気をつけて行動すれば大丈夫ってこと? でもホームセンターで最後に乱入してきたゾンビは皆動きが遅かったことない? 明らかにさっき見たゾンビはもっと普通の人間みたいな動きだった。全力疾走もしていたし……」


 と、今度はまどかが疑問を口にすると、椿は深く息を吐いた。


「そこがわからないんです。たまたまさくら寮の周辺には動きの鈍いゾンビしか居なかったのか、もしくはそれとも単に私たちだけがゾンビが早く動けるところを目撃していなかっただけで、元々ゾンビは早く動けたのではないのか。じゃあその条件はなにかあるのかどうか……なにもはっきりしないのに、今さくら寮に帰るのは自殺行為すぎます。留守番の彼女には申し訳ないですけれど……」


 この世界になってから水を得た魚のように、異常とも思えるほどの頼り甲斐を発揮していた後輩の弱気な発言に、まどかは思いのほかショックを受けていた。自分の空元気は単に事態の深刻さを理解していないから出た浅はかな行動だったと思えてくる。


 すると、同じように黙り込んでいた姫がはっと思いついたように身を乗り出した。


「わかった! キョンシーよ!」


「キョンシー!?」


 その聞きなれない単語にまどかが思わず聞き返す。


「そう、キョンシーって言うのは中国の伝説で、簡単に言うと怨霊で甦った死者のことを指す古くからの言い伝えです。そのキョンシーの言い伝えのなかに、キョンシーは長く放置しておくとやがて生きた人間同様に髪や爪が伸びたり、中には霊力を宿すものまでいると言われているの!」


 それを聞いて椿もはっと何か気付いたような顔をして身を乗り出した。


「つまりゾンビは成長している……!?」


「そう! ゾンビ発生の経過分布を考えれば当然人口密集地帯から郊外へと広まっていったはずで、第一さくら寮の周辺で動きの鈍いゾンビしか居なかったのは、単にゾンビ成り立てで成長していなかっただけと考えられないかしら!」


「そうか。だから街の中心に近づけば近づくほどゾンビが成長しているんだ! じゃあまだ今のうちならば郊外のさくら寮へ戻るのはそれほどリスクは高くない?」


「勿論ゾンビも移動するから一概に大丈夫とは言えないわ。でもドラッグストアへ向かっていた時の状況と、この街でのゾンビ発生からの経過時間を考えればまだ成長したゾンビは全域にまで広がっていないと思っていいはず!」


「……ずっと疑問だったんだ。さくら寮の女の子だけでも生き残れたのに、警察や軍隊があの動きの鈍いゾンビを制圧できなかったのかって。時間の経過とともにゾンビが成長すると仮定するならば納得できる。銃も催涙ガスも効かず死なない暴徒なんて誰も予想していなかったはずだから」


「そして成長の進んだゾンビにはドーマンセーマンが効かない。ううん、効き目が薄い。でも原因さえわかれば対策できる。いえ、してみせるわ!」


 椿と姫は興奮した口調で熱い視線を交し合うと、両手でがっしりと互いの手を取り合った。

 その会話にもノリにもついていけないまどかは、ただぽかーんと二人を見上げているだけだ。


「な、なんかよくわからないけれど、とにかく寮には帰れるってことかな……?」


 まどかがそう呟くと、二人が同時に振り向いて顔を寄せてきたので、まどかは驚きのあまりにイスから転げ落ちそうになったが、そんなことお構いなしに二人は機関銃のように喋り始めた。


 ゾンビの原因はこの霧のなかに含まれている何かしらの成分であること、その成分は生きている人間にも影響を与えていること、そしてそれは椿の身体には主に身体能力の向上として現れていて、姫にはドーマンセーマンに代表される霊力の向上として現れていること。

 そしてさらに椿は続けた。


「――先輩はなにか身体の変化や、妙に勘が冴えるといった変化を感じていませんか? どんなささいなことでもいいんです。小さなサインを見落としていませんか? 私たち四人のなかでは先輩と栗本さんだけが兆候が出ていない。でもこれは私の仮説ですが、栗本さんに兆候が出ていないのは、月経が始まっていないことと密接な関係があるように思うんです。だってこの能力はか弱い女の子が弱肉強食の世界を行き抜くために、神が与えてくれた能力ギフトであると同時に、種の絶滅を回避するためにDNAに組み込まれた生存本能が引き起こした人類進化の兆しという奇跡だと思うから! これは現代に甦った妹の力いものちからだと思うんです!」


 その演説を姫は腕を組んでうんうんと頷きながら聞き入っていたが、まどかには話が飛躍し過ぎていて納得どころか理解することも出来なかった。椿の身体能力の高さも、姫のドーマンセーマンが実際に効果があるのを目の当たりにしていてもだ。


「ご、ごめん。そういう話はよくわからない私……」


 と、まどかは苦笑で答えるだけで精一杯だった。

 椿は少し落胆した表情を見せたものの、すぐに気を取り直して、


「とにかくあと一時間ください。一時間したら寮へ向かいましょう」


 とだけ言うと、姫に向き直った。


「――私はもう自分の能力ギフトの全貌が見えかけている。それは一度得た知識を忘れない記憶力と、その知識を淀みなく発揮できる身体能力。恐らくこれが私に与えられた能力ギフト。私は今から格闘技関係の本を読んで達人になってくる。グズグスしているなら私だけ先のレベルに行かせてもらう、お姫さま」


 そう言われて姫の顔がカーッと真っ赤になったが、姫は何も言い返さずただ下唇を噛んで椿を睨み返すだけだった。椿はそんなことお構いなしに懐中電灯を片手に本棚の迷路へと消えて行った。

 姫は悔しさに顔を歪ませてまどかを振り返ると、


「先輩、私寝ます!」


「はあ!?」


「おばあちゃんに夢枕に立ってもらって、もう一度ヒントをもらうんです。ドーマンセーマンだけでも効果が強まれば、みんな安全に過ごせますから。絶対椿には負けないですから!」


 と、姫はテーブルの上にゴロンと横になってしかめっ面のまま目を瞑った。そしてぶつぶつと「私は負けない私は負けない」と呪文のように呟いている。


 その嵐のようなテンションの二人が静まると、まどかに訪れたものはずっしりとした疲労感ともどかしさだった。

 しかしどう足掻いてもここで一時間の足止めを食うことはひっくり返らないし、このゾンビが徘徊している霧の中を自分一人で帰ることもできない。今はとにかく皆の帰りが遅いことを心配した乙葉が無茶な行動にでないことを祈るだけだ。


 もどかしい静寂を持て余して、まどかはジャージのポケットからスマートフォンとジッポライターを取り出して机の上に並べると、複雑な顔つきでそれを眺めた。

 スマートフォンは乾電池式充電器のおかげで、停電してからもずっとバッテリーは充電されていた。もう使い道もないのに、自分でも女々しいと思っていた。


 しかしこのスマートフォンは自分が背負っていかなければならない罪だ。こんな人間らしさを失ってしまう世界になる前の世界で、最後の最後に人間らしさを失った証。それがこのスマートフォンだ。


 あの日――街が霧に包まれた日に、まどかは母親を捨てた。

 母が嫌いだった。いや、嫌いになっていった。


 父親が死んでから、女手一つで自分を育ててくれた母。毎日明け方に勤め先のキャバレーから酔っ払って帰ってきても、かならず学校へ行くのを見送ってくれて、すれ違いの時間を交換日記で埋めて愛情を注いでくれた母。


 しかし資産家の男性と再婚して母は変わってしまった。新しい夫の顔色ばかりを伺い、何をするにしても娘よりも夫の事情と感情を優先にし、まどかは抑圧したものを抱え込むようになっていった。

 母親は母であると同時に女であるという事実を知り、それがどうしても許せなかった。女は弱い。もうそこに自分を一人で育ててくれた強い母の姿はなかった。


 媚びた笑顔、本心を語らない唇、夫にすがるような目、その全てが汚らわしく思えた。

 新しい家庭でまどかの居場所はなくなっていったが、どうやったらこのトンネルを抜け出せるのかがわからなかった。


 そんなある日に養父が御膳立てした桜道女子学園への転入。級友たちと別れたくはなかったが、その転入に母が何も反対しなかったことであの家に留まる理由は失われてしまった。


 体のいい厄介払い。いつまでも懐かず不貞腐れた顔をしている娘は、あの二人には目障りな重荷以外の何者でもなかったのだろう。


 それ以来、まどかは一度も里帰りはしていない。

 時折母が訪ねてきて、二人で買い物や食事をする事はあったが会話は弾まなかった。むしろ、母子二人で暮らしていた頃よりも格段に豪華で高級になったアクセサリーや衣服を身に纏い、確実に若返って見える母に咽るような女臭さを感じてまともに顔を見ることができなかった。


 だから、まどかは霧の被害が日本にも及び学園が無期限の休校を決定したあとに、母親から掛かってきた電話にも一度もでなかった。


 結局、電話が繋がらなくなるまでの間に、母から何度も着信があり、留守電にメッセージも残されていたがいまだにメッセージも聞いていない。

 母に捨てられたから、今度は自分から捨ててやっただけ。


 だから、まどかは母親の声が聞きたくても、メッセージを聞けないでいた。聞いた瞬間に自己嫌悪で気が狂ってしまうと思うから。

 まどかの指がスマートフォンのタッチパネルの上を行ったり来たりしていると、椿が本棚の列から戻ってきた。


「もういいの? まだ三十分しか経ってないよ」


「はい。必要最低限の知識は仕入れましたから。あとは帰って読みます」


 椿はそう言うと、持っていた三、四冊の格闘技関係の書籍をショルダーバッグに詰め込む。


「な、なにぃー!?」


と、机の上で横になっていた姫が突然起き上がって、椿を驚きの眼差しで見た。しかし椿はそんなことお構いなしに、バッグから取り出した折りたたみのこぎりで机の脚を切ろうとしている。


「椿、なにする気よ?」


「松明を作る。刺又の代わりにゾンビや暴漢を威嚇できるかもしれないし。だからあと二十分くらい寝ててもいい」


「ふん、お情けは無用よ。だいいちこんな所じゃ熟睡もできないわ」


 姫はイスに移って、はあっと大きくため息をつく。ふと机の上のおにぎりの残りに気付いて、


「もうこうなったらヤケ食いよヤケ食い。せめて体力だけでも負ける訳にはいかないから。乙葉ちゃんの愛情たっぷりのお結びをいただき――」


 と、姫はお結びを両手で口に運ぼうとして、その姿勢のまま固まった。


「お結び……両手で包む形……結び……結ぶ……」


 姫はおにぎりをアルミホイルの上に戻すと、ショルダーバッグから書道道具一式と半紙を取り出して一心不乱にドーマンセーマンを書き上げた。そして筆を置いて立ち上がると、


「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!」


 と、九字を唱えながら、それに合わせて両手の指を複雑に絡ませて九つの印を結んでいく。

 姫が行った九字護身法は、中国の道教から生まれた呪力を持つとされる九つの漢字が日本に伝来し、密教や陰陽道に取り入れられて発展していった呪法だ。


 勿論まどかにそのような知識はなかったので、姫が突然意味不明のお経のようなものを唱え始めたという認識しかなかった。

 姫はテーブルの上に仁王立ちになると勝ち誇った顔で、松明作りに精を出していた椿に半紙を突き出した。


「私ってばすごい間抜けだったわ! 神仏の加護を受けようとしているのに、大事な作法を忘れていたなんて。そりゃこんな礼儀知らずの小娘に仏様は手を差し伸べてなんてくれやしない。でももう大丈夫。お祖母ちゃんがずっと幼い頃から梵字と九字護身法を教えてくれた意味も、夢枕で伝えようとしていたこともわかった。椿、あんたばっかにいい格好なんてさせないわよ!」


「……グッジョブビッチ」


 と椿はそれだけ呟くと、まどかの方を向いて「先輩、ライター貸してください」と頼んだ。

 姫がギャーギャーと椿に噛み付いているのを苦笑を浮かべながら見つつ、まどかは椿にジッポを投げて渡した。


 しかしすぐに、


「先輩、これオイル切れてます。点きませんでした」


 と、ジッポを戻しにきた。


「あれ、そうだっけ?」


 まどかは試しにカチンとジッポを点けてみると、普通にオレンジ色の火が立ち上がる。


「やだ椿ちゃん、ちゃんと点くじゃない」


「……せ、先輩の妹の力ギフトはもしかして……!」


 椿の黒目勝ちな瞳が失くし物を見つけたようにまどかの顔を覗き込んでいた。

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