第10話 DIYは何の略でしょう
5月10日 日曜日 記入者 花城まどか
新生第一さくら寮の初日だった。
朝は食堂でみんなで軽い朝食と、今日一日の作業分担の話し合い。
そこで椿ちゃんと姫ちゃんの間で一悶着あったが、その後は普通に作業(ていうかお互いに無視しあってたけれど、あれ以上仲は悪くならないと思う。たぶん)
バリケード作りは意外と捗り、今日一日で建物正面側全てが終了。後ろ側も明日のうちには終わらせる予定。やっぱり四人居ると早い。
あとその作業中に気付いたこと。ベッドの木材パーツを窓にクギで打ち付けるときに、椿ちゃんの指示で四つ折くらいに畳んだタオルをクギの頭に添えて叩いた。ふむ、確かに若干クギは叩き辛いけれど、かなり音が静かになった。これだとゾンビを引き寄せなくて済むし、この前の不良少年たちみたいな面倒くさい連中にここの存在を気付かれることもない。こういう細かいところに気付くのは、さすがだなぁと感心。
あと問題となったドーマンセーマンという魔除けの印を、夕食後に姫ちゃんと一緒に貼った。
全部で三十枚近く。すごい数だ。
姫ちゃんは、「そんなに気を使わなくてもいいですよ」とふてくされていたけれど、私は、みんなが安全に暮らせる確率が高まるのならばキリストにもお釈迦さまにも手を合わせるの、と言ったら笑ってくれていた。それにこれだけの枚数を書いてくれた姫ちゃんの思いを無駄にしたくなかったし。
それと乙葉ちゃんが食事係に立候補した。一番年下だからなんだか面倒くさいことを押し付けているみたいで気がひけたけど、「私に任せてください!」とくるみをねだるハムスターのような瞳に絆されて承諾。他の二人からも異論は出なかったし。
あと部屋の引越しついでに、椿ちゃんが民家を回って集めていた食糧も全て調理場へ移動したけれど、備蓄食料の在庫管理も乙葉ちゃんが責任を持ってやると言ってくれた。ほんと、なんだか楽しそうな顔をしてた。家事全般が好きなんだろうなぁ。ほんとに小さいお母さんみたいで可愛らしい。
そして新しい部屋割りは二階の突き当たり奥が私と椿ちゃん、その隣が姫&乙葉ちゃんに決定。椿ちゃん曰く、早いうちに緊急時に備えて窓からロープを垂らすか、梯子を見つけてきて非常用の脱出経路の設置をしたいとのこと。ホームセンター事件のあとだと、切実すぎるくらいにその必要性がわかる。
あと引っ越してきた椿ちゃんの荷物を見てビックリ。
荷物のほとんどが様々な形をしたナイフ、スタンガン、特殊警棒、バールのようなもの、パチンコ、ブーメラン、釘バットと言った物騒なものばかり。
これを見ると、さすがに椿ちゃんと相部屋だった先輩が第二寮へ引っ越して行った理由がわかった気がする。というかよくこれで月一回の部屋チェックをパスできていたと激しく疑問。
最後に、ついさっき食堂でみんなで集まってお湯に浸したタオルで身体を拭いて、順番に流し台で髪を洗った。なんだか修学旅行気分というか、いかにも桜の園という感じで楽しかった。
それと書き忘れていたけれど、昨日から浴場のほうはお湯が出ない。どうもお風呂場は電気温水器みたいで、通電していないとお湯は無理みたいだ。このライフラインの統一感の無さは古い建物の宿命か。
プロパンガスもいつまで持つだろうか。ホームセンターから持ってきたものの中には、バーベキュー用のコンロも含まれているので、お湯を沸かすことも調理することにも問題はないけれど、やはり何かと不便で文明の力をしみじみと痛感中……
5月11日 月曜日 記入者 花城まどか
今日でバリケード作りも全て終了!
そして夕食&ミーティングの時に、乙葉ちゃんから井戸へ水を汲みに行くのが怖いとクレーム。
井戸は建物横手のちょっとした広場にあって、調理場の勝手口から直線で五メートルほどの距離。敷地内の隅っこで塀があるためただでさえ霧が溜まりやすいのに、風が止んでる時などは勝手口からでも霧に隠れて見えない。確かに塀に仕掛けてある罠をかいくぐり、知らない間に何者かが敷地内に侵入していることもゼロとは言い切れないので、乙葉ちゃんが怖がる気持ちはよくわかる。
それで協議の結果――と言うか、ほとんど椿ちゃんが、前もって用意してあったみたいにアイデアをすらすらと出してくれた。ほんと水を得た魚とはこのことだ。
そんな訳で一階の部屋から机と解体したベッドのパーツの余りを運び出して、建物と塀の間にバリケードを設置。あと防災倉庫にあったテントを使用して雨の日にも対応することに決定。これは早速明日から。
あと姫ちゃんから、「わがままな注文とは重々承知したうえで」と前おき付きで、「どうしても、いや、なるべくなら、出来ることなら、お風呂に毎日入りたい」とクレームというか要望。
それはみんな同じ思いだったが、バーベキュー用コンロは一つしかないし火力も弱く、そもそも一度にたくさんの水を沸かせる容器もない。
さらに椿ちゃんからも、梯子かロープが欲しいと再三の催促。
椿ちゃんにはきつく外出禁止を言ってあって、今のところちゃんと守ってくれている。
この外出禁止というのは、あくまで単独ではだめってことだ。やはりホームセンターの件があってなるべく外出は控えたい。
しかし食料や物資を得るためにはどうしても外へ探しに行かなければならないわけで、そういう時はなるべく全員かもしくは複数が好ましい、というのが私の考えだった。
というわけで明日は私と乙葉ちゃんが外のバリケード作り、椿ちゃんと姫ちゃんに必要物資の調達へ行ってもらうことにした。
最後まで椿&姫の二人はそっぽを向いて顔を合わせなかったけれど大丈夫。
大丈夫だよね……?
「あんたちゃんと見張っててよ、私はただでさえこれを引いていて動きにくいんだから」
姫は憮然とした顔でリヤカーを引きながら、刺又を構えて少し前を歩く椿に言った。
椿は周囲の霧に気を配りながら、「ドーマンセーマン……」と呟く。
「なに? まだなんか文句を言いたいわけ? 別にあんたに信じてもらわなくてもいいわ。私は私がこの目で見たことを信じていくだけだから」
「……貸して」
「へ……?」
「持って来てるんでしょ、そのカバン」
椿は一瞬だけ振り向いて姫がぶら下げているショルダーバックを見ると、また周囲の霧に視線を戻す。
「あら、信じる気になったわけ?」
「……先輩が言うように、みんなの安全の確率が高まるものは何でも試してみようと思っただけ」
「ほんとに先輩が大好きなのねえ」
と、姫は茶化すように言う。
「先輩は優しい……」
つい挑発に乗ってくると思ったのに真面目な口調でそう答えられると、姫はまるで自分がまどかに他意でもあるかのように捉えられてやしないかと焦った。
「ま、まあね。私、あの人のことはまだよく知らないけれど、それはなんとなくわかる」
そして姫はショルダーバックの中から半紙を取り出す。星形のセーマンと格子状のドーマンが一枚ずつ描かれたものが合わせて十枚。どちらを渡そうかと少し迷ったあとで、なんとなくドーマンを選んだ。今の気分はどちらかと言えばドーマンだ、と姫は一人で納得して頷いた。
「ほら。どうするの?」
椿は半紙を受け取ると、ウエストポーチからカムテープを取り出して刺又の先端に貼り付けた。それを見て姫は納得したように頷く。
「そういうわけね。――で、どっちへ行く? 私、この辺の土地勘全然ないんだけど?」
二人は寮の前の坂道を下り、国道との合流ポイントへと辿り着いていた。
椿は周囲を取り囲む霧の壁を気にしながらも、ちらりと姫の方を見てぽつりと呟く。
「……言われてみれば、確かにいつも坂道を下りきったここから先でゾンビとの遭遇率が高かった。そこに気付けなかったのは私の不覚」
「うん? ゾンビは階段や坂道が苦手って話? それは信じていいわよ間違いじゃない。て、別にドーマンセーマンも嘘じゃないけれど……」
「やっぱりフィールドワークは大事。とくにこんな世界では……」
思いのほか思いつめたような椿の横顔に、姫は気付かないふりをしてそっぽを向いて呟いた。
「そうね。それはほんとにあなたと同意見だわ……」
「先輩、お茶が入りましたよー、少し休憩しませんかぁ?」
まどかが一階の空き部屋から机を引きずるように運び出して、あらかじめ置いておいた台車の上に乗せ終えると、食堂から乙葉の軽やかな声が聞こえてきた。
「わかったー、今行くー」
まどかは返事をすると、机を乗せた台車をゴロゴロと食堂まで押していく。引き出しは全て抜いてあるので多少は軽くなっているとは言え、少女の華奢な肉体ではかなりの重労働だった。額に玉のような汗がいくつも浮き上がっている。
台車を食堂の隅っこに置くと、まどかはふうーっと大きな息を吐いて、首にぶら下げているタオルで汗を拭いながらテーブルについた。
「ほんとにすみません。お手伝いできなくて……」
乙葉が恐縮した顔でお茶を差し出す。
「なに言ってんの。ケガ人に無茶はさせられないわよ。食事当番だってやってもらってるのに。あ、でもこれを運んだら積み上げだけ手伝ってくれる?」
「はい、勿論です」
と、乙葉はお盆を脇に挟んで両手で握り拳を作る。
建物横手にある空間は塀までの距離がちょうど机六つ分だった。すでに六つは並べてあり、その上に積み重ねて置く分の机もすでに五つは外へ出してある。先ほど試しに一人で机を積んでみようとしたが、さすがに引き出しを抜いてあっても無理で、どうしても乙葉の手を借りねばならない。
「でも無理はしなくていいからね。足に負担がかかるようだったらすぐに言ってよ」
「やってみないとわからないですけど、もう痛みも腫れもほとんどありませんから。それから今日の夕食なんですけど、少し奮発してもいいですか?」
「奮発? あ、あの二人のために?」
「はい。さっき防災倉庫の非常食が入った箱を開けて見たんですけれど、凄いんですよ。牛丼、ピラフ、カレー、パスタ、おかゆ、味噌汁、シチューと、とにかくバリエーションが豊富で。しかも全てお湯を注いだり温めるだけでいいらしくて。しかもしかもビスケットやマフィン、ぜんざいまであるんですよぉ!」
「二人のためとか言って、乙葉ちゃんが食べてみたいだけじゃないの?」
「うう、それもありますけどぉ……」
「ははは。でもいいよ。そこは乙葉ちゃんに任せるから」
「ありがとうございますぅ」
「あとはあの二人が無事に仲良く戻って来てくれるだけだね。遠くへは行かない、夕方までには戻ってくるって条件を付けてるから無茶なことはしないと思うけど……」
まどかは不安を飲み込むかのように緑茶を啜った。
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