102話 学友
授業を終えた学校は賑わいを見せていた。再会の場として設定した食堂もまた然り。夕食の時間にはまだ早いが、講義の内容を復習する生徒や遊びに興じる者もいる。
僕たちの前に現れたのは合計四人。まずは話の中心になっていた少女。それから少し気弱そうな少年が二人。加えてキツネ族の青年――一年生の講義に在籍していた獣人だ。
対するこちらは僕のほかに、協力を呼び掛けられていたニーナとオルティラの計三人だ。
生徒と部外者が向き合う様はやはり目を引くようで、賑わいの中に怪訝な視線が混じる。決して居心地がよいとは言えない注目を集めているにも関わらず、中央に座する少女が快活と切り出した。
「紹介します。アタシは二年のアンネリーゼです。こっちにいるモヤシと小麦は、ダミアンにオスカー。それから、そこのキツネ族が――何だっけ?」
「せ、先輩……そろそろ覚えてほしいです。ケリーです」
一見すると何ら関係のなさそうな四人組だ。共通する点といえば、男子組が尻に引かれがちということくらいのものだ。
「えっと、四人はどんな関係なの?」
「部活の先輩後輩かな。アタシたち、魔術研究部なんです」
魔術学校の魔術研究部、さぞや成果を上げていると思いきや、状況は芳しくないようである。そう語る部長アンネリーゼは少し悔しそうだった。
「実はもう一人部員がいるんですけど、今日は用があるみたいで」
「そうだったんだ。……行方不明の人って、ひょっとして部活関係の人?」
「いえ、ただの級友です。部員には捜索を手伝ってもらっていて、状況も知っているので同席してもらおうかと」
信頼が置ける人を選んだ結果、部員へと辿り着いたらしい。たった四年間の学園生活で信頼に値する友を得たことは、非常に喜ばしいことだろう。
そう口を挟むが、少女はといえば「こんな腰抜けじゃなければよかったんですけど」と満更でもないようだった。
「……疑っているわけじゃないんだけど、あなた、まだ子供ですよね。それがどうしてこの席に?」
「せ、先輩、さっき話したじゃないですか! 彼があの魔族の先生ですよ。ぼくの〈火の魔術〉を褒めてくれた……」
「まさか!」
そこまで驚かなくてもいいのに。流石に心外だと眉根を寄せると、アンネリーゼは悪びれた様子なく目を丸めるばかりだった。
「まあでも、手伝ってくれるなら子供でも何でもいいか。改めて状況を説明しますね」
アンネリーゼは手短に要件を伝える。
二ヶ月ほど前から同級生の姿が見えないこと。それに加えて、同じような事例が一年生から三年生にかけて、
ツィンクス魔術特育校は四年制であるが四年生から行方不明者が出ていない――いや、正確には把握できていないのは、四年生の活動がほとんど校外におけるものであるからだという。魔術の研究機関や仕事場に出向いているのだろう。
「今アタシたちが把握しているだけでも、八人の行方が分かっていません。お昼頃に廊下で話したようにここは寮制ですし、外出にも届け出が必要なのですが……」
「無断外泊、はないか。全員が全員そうであるとは考えにくいし」
気掛かりは神族――この学校、そしてエルツ共和国において多大なる影響力を持つ種族。彼等が動いていたら、それこそ目前の少年少女には手の出せない案件だ。
「行方不明の八人は、みんな二ヶ月の間に消えたの?」
「一番古い記録は半年前です。今は初夏、七月ですので、一月頃のことでしょうか」
六ヶ月の間に八人。多いのか少ないのか、僕には計り知れぬ感情ではあったが、喪失と無縁であった生徒からすれば、驚愕に値する数なのであろう。
それにしても、と僕は辟易する思いだった。半年もの間行方不明の生徒がいるにも関わらず、学校側は何も動いていないだなんて。ますます神族の関わりが濃厚になってきた。
渋い顔をする僕を不審に思ったのか、ケリーが心配そうに窺ってくる。その仕草が、叱られた後のニーナとそっくりで、思わず笑ってしまった。
「一応伝えておこうか。この件、学校側も把握はしている」
「じゃあもう動いて……!」
「残念ながら、否と言わざるを得ないね」
行方不明の生徒の存在は、ヘル校長も把握していたらしい。しかし捜索をしようにも人手が足りないとか勝手には動けないだとか、いろいろと理由をつけて実現には至っていないようだ。
今度はオルティラが嫌な顔を見せた。
「お役所仕事っての? 全く嫌になっちまうね。未来ある少年少女、これに懲りたら学校なんぞに身を置かずに旅に出な。その方がよっぽど楽しいぜ」
「お姉さんは旅の中で魔術を?」
「おいおい、私が魔術士に見えるか? 傭兵さ、近接専門のな。こーんな大きな剣もブンブン振り回せる」
ぐっと腕を伸ばして、愛用する体剣を示すオルティラ。元より旅には興味があったのか、アンネリーゼは目を輝かせた。
大得物を扱うのは体格の整った巨漢と相場が決まっている。しかしその真逆に位置する女戦士は、きっと同性である彼女にとって希望のように見えたのだろう。
その気持ちはよく分かる。僕も体格に恵まれた方ではなかったし、近接はからきしだ。魔術士は近接兵に憧れる宿命にあるのだろうか。
さて、話しが逸れたと場を整えて、次に取るべき行動の相談へと移る。
「廊下で聞いた限り、キミたちは友人を探してほしいんだったね。もちろんそれには協力しよう。学校から許可を貰ったから、これからは大々的に調査に乗り出せる」
「いつの間に……」
「根回しは得意な方でね。で、ここからが本題なんだけど、キミたちには行方不明者の匂いがついたものを探してほしい」
校長直々に調査の依頼は受けているし、僕自身が学生寮に立ち入るのもやぶさかではない。しかし学生からすれば、部外者を私的空間に招き入れるなどしたくないだろう。だから運よく繋いだ
「もちろん、もちろんです! 女子寮ならアタシが行けますし、男子寮は三人に任せればいい。きっとすぐに集まります」
「頼りにしているよ」
そう伝えると、アンネリーゼは当然とばかりに胸を叩く。ころころと変わる表情は、それだけで魅力的だ。周りの男子たちが押され気味なのが若干気になるが、多分そこそこ仲良くやれているのだろう。
もしも僕も学校に通っていたら、一生を楽しめる学友ができたのだろうか。
ありもしない『もしも』を思い描いてしまうほどには、青少年たちが羨ましく見えた。
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