76話 ご期待に沿える情報なら

 朝食を終えた僕たちは、すぐに調査へと乗り出した。僕、カーン、ニーナは墓場泥棒の捕獲に、オルティラはセンコウカヅラの出どころを探しに。


 まさしく情報戦。僕たちだけでは、決して成し得なかっただろう。オルティラを仲間に引き入れることができてよかった。それを今一度実感するのだった。


 センコウカヅラの件はオルティラに任せ、ひとまず僕たちは墓場に向かうことにした。


 グラナトにはいくつかの墓地が存在する。所得によってある程度の区分はされているようだが、基本的に誰がどこに遺体を埋めても問題はないようである。


 それを一つひとつ巡るのも悪くないが、墓場巡業というのも華がない。できることならば標的を絞りたいところだ。そう思って目をつけた一つ目の墓地が、昨晩向かおうと思っていた場所だ。


「ここが一つ目の墓地か……」


 グラナトを囲う外壁を出、人工的と思しき小さな河川を下った先に、それはあった。


 墓場泥棒が狙いそうな墓場の第一候補――人気ひとけがなく、街灯の立っていない場所だ。ここならば、墓を掘り返すに当たって目撃される可能性は少ないだろうし、掘り出した遺体は荷車か何かに乗せてしまえば荷物に紛れてしまう。


 街中で死体をどのように運ぶのかと疑問を抱いていたが、案外無理難題ではないのかもしれない。


「どうやら人の出入りはないようですね。ここ数日、誰も立ち入っていないようです」


「よく分かったね、カーン」


「匂いも足跡もありませんから」


「直近で死体が盗まれたのは二日前だっけ? となると、ここじゃあなさそうだね」


 少なくとも『死体がなくなっていることを発見した人』は近日中に墓場に立ち入ったはずである。そうなると、カーンの説とは矛盾する。


 魔族や神族など、魔術に長けた者が関わっているとすれば、空から舞い降りた、あるいは地に足を付かず犯行に及んだとも解せるが、そうだとすれば墓を掘り返した跡が見つからないことが引っ掛かる。


 やはりここではないのだろう。最初から大外れを引いてしまった。がっくしと肩を落とすと、不意にニーナが地面に敷かれた石板に乗り上げた。


「ねー、リオ、これ何? お歌を歌う舞台?」


「ん、これ? これは……墓石かな?」


「はかいし?」


「この下に死んだ人が眠ってるよ、っていう印みたいなもの。見たことない?」


「あう、死んだ人のお家?」


 ぺしゃりと耳を伏せて、ニーナは墓標の上から退く。


「ニーナのお家、死んじゃった人はみんなお山に返すの。だから、こういうの置かない」


 彼女の故郷では、弔いはするものの、墓標を建てるなどのどこに葬ったかを記録する習慣はないようである。同じ人間界に住まう種族とはいえ、どうやら習慣はそれぞれらしい。全くもって興味深い。


「でもね、死んだ人はちゃんと丁寧にしなきゃなの。ごめんね、知らない死んだ人。ニーナのこと、怒らないでね?」


「大丈夫だよ、怒らないから」


 ただのお転婆娘かと思いきや、どうやら道徳の何たるかは解しているようだ。当たり前のことであるにも関わらず、それを『すごい』と思ってしまう辺り、普段自分がニーナをどのように思っているかが垣間見える。


 七歳の小娘、しかし大人のオオカミ族。乖離した内と外を持つその少女は、いつでも僕を裏切ってくれる。きっと今後も、僕の期待を裏切ってくれるのだろう。よくも悪くも。


 あまりにも不確定で予想ができないと、カーンのような生真面目ならば忌避するかもしれないが、物好きはニーナくらい破天荒な子と交流を持つ方が楽しいのかもしれない。


「ここじゃなさそうだね。別の場所行こうか」


「え〜ニーナ疲れた~!」


「疲れちゃった?」


「お店に売ってた白くて冷たいやつ、食べたら元気になるかもしれない……」


「はいはい、『アイスクリーム』だっけ? 僕も気になってたんだよね。それ食べながら行こうか」


 二つ目の墓地、三つ目の墓地と、買い食いを楽しみながら半ば観光気分で歩く。いずれの墓地も、どうやら街外れの墓地とは異なり人の出入りは多いようだが、墓が掘り返された形跡はない。墓石が等間隔で並んでいるだけだった。


 まあ、確かに――芳ばしい香を漂わせる屋台に向けて走り出すニーナの背を眺めながら、僕は考える。


 二つ目の墓地と三つ目の墓地は街中にあった。しかも辺りには民家があったし、何よりも教会に面しているため人目にも付きやすい。墓の数も少なく、死体泥棒を働くには危険が多すぎる。あのような場所では、いくら困窮していたとしても盗掘には手を出すまい。たとえそれが、利用価値のない死体目的だとしても。


「あれぇ、旦那方! 奇遇ですねぇ。どうしたですか、こんなところで」


 思考に浸っていた僕を引き上げたのは、つい最近耳馴染みとなった声だった。


 ネコ族のファント――ここグラナトの地で出会った旅商人だ。行商の途中なのか背には大きな荷物、手には艶やかなタレを纏う肉の串焼きが握られている。


「やあ、ファント。この前は助かったよ。ありがとうね、ダフネのところまで案内してくれて」


「あのくらい、どうってことありませんよ」


 にゃはは、と気のよい笑みと共に串焼きを振る。


「で、御三方はなぜこんなところに? あっ、もしかして串焼きを食べに来たんですか? グラナト名物、イノシシ肉の甘タレ焼き! いやあ、旦那ってばお目が高い!」


「そんなに有名なものなんだね、手に持っているそれ。……僕たちは、少し探し物をしていてね」


 ファントは過去に何度も、ここグラナトに出入りしているという。土地勘は地元民に劣るものの、その伝手はオルティラに劣らないはずだ。商売に精通するのであれば、稀少な植物センコウカヅラのことも知っているだろう。


 そう思って事の顚末てんまつを話せば、彼は神妙とした面持ちで己のあごを撫でた。


「ふーむ、墓場泥棒ねぇ」


「何か心当たりはないかな。最近、蝋燭をやけに売りさばいている人がいるとか、羽振りがよくなった人とか」


「うーん」


 ファントは首を捻る。白いヒゲをぴくぴくと動かして考え込むその様は、まるで本物のネコのようだった。やがて何かを思い出したのか、ファントは愉快そうな口をさらに歪めて言った。


「……ああ、そういえば、怪しげな旅人なら見ましたよ。墓地で何やらやっているのを見ましてねぇ。ご期待に沿える情報ならいいんですが」

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