77話 人造人間かってくらい

「ああ、そういえば、怪しげな旅人なら見ましたよ。墓地で何やらやっているのを見ましてねぇ。ご期待に沿える情報ならいいんですが」


「怪しげな旅人?」


「ええ、盗掘で生活してるような身なりじゃあなさそうでしたから、不思議に思ったものですよ」


 盗賊でも盗人でもなく『旅人』。そう断定するからには、何か根拠があるのだろう。


 首を捻りながら、僕はある仮説に辿り着く。


「……僕達のことじゃないよね?」


「いやいや、まさか。男と女の二人組でしたよ。男の方は随分と背が大きかったにゃあ……人造人間かってくらい」


 そう言いながら、ファントは頭上で手を動かす。


 彼の指先が示すのは、カーンよりも頭一つ分は上であろう位置だ。それだけ大きなヒトを見かけたら、否が応でも記憶に残る。


 記憶を辿っていると、不意に茶色の毛玉が視界に飛び込んできた。


「ね、ね、見て見て! おじちゃんがね、ちょっとだけだよって!」


 金は持たせていなかったはずだが、と彼女の手元を見れば、そこには肉の塊を二つ貫く串が大切そうに握られている。


 屋台の方を見やれば、困ったように中年の男性が頬を搔いている。試食と称して渡してくれたようだが、何やら根気負けした様子が見て取れる。


 試食だけするのも申し訳ないからと、串焼きを四本買うようカーンに指示を出した。


「それにしても、旦那様も多忙ですにゃあ。旅する探偵さんか何かなので?」


「どこにでもいる、ただの旅人だよ」


「魔族に獣人、しかも稀少なオオカミ族。そんな一行が『どこにでもいる』とは思えませんにゃあ。それはさておき、旦那様。そんなに人探しをしたいなら、酒場に行くのをオススメしますよ」


「酒場はもう行ってきたんだよ」


「にゃるほどねぇ。しかし収穫はゼロだった、と」


 酒場兼傭兵ギルド『チューネズ亭』。そのマスターからの依頼が墓場泥棒の追求および捕縛であった。収穫も何も、種から取れるものなど油くらいのものだ。


「にゃかにゃか難題を抱えておられるようで」


「そう思う?」


「グラナトの墓場は地上の六ケ所。しかもそれぞれ離れた場所にある。移動だけでも大分時間を食いますからねぇ。御三方だけじゃあ厳しいでしょう。私も手伝いたいところではありますが、本業もありますゆえ」


「そこまで迷惑は掛けられないよ。ただ、もし情報を手に入れたら教えてほしい」


「もちろん、商売でしたら大歓迎ですよ」


 歯を見せて、ファントは笑う。


 墓場泥棒の追求は人海戦術も同然だ。協力者は多い方がよい。とはいえ無暗やたらに増やせばよい訳ではなく、ある程度の分別は必要だ。


 墓場泥棒が何を目的として死体を集め、蝋燭を売りさばいているのかが定かではない以上、どこに『彼』の仲間が潜むのかも分からない。


「もしもファントが墓場泥棒だったら、どこを狙う?」


「そうですねぇ。やっぱり人目につかない場所が一番ですね。掘り起こすにしろ解体するにしろ、大仕事ですから」


「人目につかない……となると、壁外か」


 僕の予想通り、多くのヒトは壁外を選ぶようである。


 高い壁に囲まれた工業都市グラナト。外敵から身を守り、技術の流出を避ける壁は、同時にヒトの目を奪う。


 理想の盗掘場所としては最初に訪れた墓地が最も近いのだが、その可能性が潰れた以上、条件に合った別の場所を探すしかないのだろう。グラナトに存在する六つの墓地のうち、まだ巡っていない三ヶ所に解決の足掛かりがあればよいのだが。


 露店から戻ったカーンから串焼きを受け取って、一本をファントに差し出す。きょとりとしていたネコ族だが、やがて僕の意図を察したのか「今日は昼飯に困りませんにゃあ」と笑った。


「もう、旦那ってば。一体何が知りたいんです?」


「いや、ついでだからって渡しただけだよ」


「……え?」


 気張っていた表情が緩み、開いた口から白い牙が覗く。ファントは呆然とこちらを見下ろしていた。


「……困りましたにゃあ」


「ふふ、好意は素直に受け取るものだよ。安心して、後から金銭を要求することはしないから」


「それを心配するほどセコイ生き方はしてませんよ。……毒気抜かれるなぁ」


 平生の、よく回る舌はすっかり静まっている。今僕の目の前にいるのは商人ではなく、ただの青年であった。


 肩書も矜持も取り落とした彼は、どことなく頼りなさげに見える。所在なさげにボタンを弄る指が、それを物語っていた。


「……あんまり首を突っ込まない方がいいと思いますよ。何が裏に潜んでいるか、きっと分からないでしょうから」


「でも、僕たちは調べないといけないんだ」


 墓場泥棒の追求の代わりに、馬人族――僕が旅に出るきっかけとなった〈兵器〉の手掛かりを握る種族の居場所を教える。それが僕とネズミ族のマスターとの契約だった。


「忠告、ありがとうね。参考にするよ」


「ええ、ぜひともそうしてください。私も、大事なお客さんは失いたくありませんから」


「――そう、お客さんと言えば、ファント。キミはセンコウカヅラを扱っているかな?」


 ふと話題を切り出せば、ファントは穏やかな目に剣呑を潜める。


「まさか。あんな危険物、持ち歩いていませんよ」


「じゃあ火薬は?」


「死の商人じゃあないんですよ、私は」


 くすくすと肩を揺らすが、彼の目は真剣そのものだ。この話題にはあまり触れたくないらしい。確かに、全うな商売をしているヒトが死の商人、もとい武器商人に間違えられるなど不名誉なのだろう。


 センコウカヅラ――閃光を発する植物。その性質上、目くらましとして使用されることも多い。


 直接的な殺傷能力は持ち合わせていないが、火薬等と組み合わせれば途端に兵器へと成り果てる。チューネズ亭に投下された閃光筒がその代表的な例だ。


「そっか。気を悪くしたならごめんね。少し気になっただけなんだ」


「リオ様、そろそろ行きませんと。今日中に墓場の全てを巡れなくなってしまいます」


 こっそりと、カーンが耳元で囁く。口元を肉の串焼きのタレでベタベタにしたニーナに手を焼いたのか、汚れた布を握っている。すっかり父親が板についてきたようだ。


 緩む顔を自覚しながら、ファントに別れを告げようとした。


「完成形、か」


「え?」


 突如として投げ掛けられた、小さな呟き。思わず声の方を見やれば、ファントが何でもないという風に背に腕を回した。


「いーや、何でもないです。引き留めてしまってすみませんでした。どうぞ皆様、お気をつけて」


 にたりと、口角を引き上げる。


 これまでと変わらない、人当たりのよい笑みでありながら、なぜかそれが薄ら寒く見えた。

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