3・さがしているものは

「アリス? いや、今日は通って来てないな、エイミーは見かけなかったのかい?」

「えぇ、彼女が落とした物があったので、今日会ったときに渡したかったのですが……。こういうときはどうしたら良いんでしょう?」


 彼女がいつも寄り道しているキャンディ屋の店主に訊いても、居場所がわからない。

 アリスは、それから更にしばらく待っても現れなかった。慌てて彼女の自宅を訪ねたが、アリスのいる様子はなかった。いつも通り娘を見送った、平凡な家庭の空気が家中には漂っていた。そこにいきなり不穏な知らせをしていいものなのだろうか。こういうとき、博士ならどうしただろう?

 そんなところも、いちいち模倣をしなくてはワタシには判断が難しい。それは当たり前のことなのかも知れない。ワタシが芽生えているとはいえ、ワタシに望まれていたのはあくまで彼の亡妻エミリーとしての機能だけ。そして彼には、取り戻した『エミリー』を外にやる気など更々なかったに違いない。博士を喪ったときのワタシには、家のなかで生きることを前提とした知識しか与えられていなかった。


 こうして戸外の人々と関わりを持って人間として生きているのは、失敗作エイミーであるワタシの意思だ。そうすることで、ワタシが彼の望んだ代用品エミリーとは違うものなのだと示したかったのか、そうでなくては不自然に思われてしまうと判断したからなのか、もはやその判別は難しい。

 何故なら、それくらいにワタシの心は精緻に完成されてしまっている。なんなら、身体的ないくつかの構造さえ変えてしまえば人間になれてしまうのではないか、というくらいに。


 それでも、時に痛感させられる。

 たとえば長時間活動していても周りの皆のような疲労を感じることができないとき。空腹を抱えたときの美味しそうな食物の香りに喜ぶという行為をできないとき。月も眠ろうかという夜に睡眠をとることもなく、独りで時間を数えているとき。

 ワタシが意識を持ってから見ていた彼も、そういう有り様だった。もちろん、博士はワタシと違って空腹を感じることも睡眠をとることもあったが、街で見かけるような感情を彼から見ることはできなかった。


「――――――っ! これは……」


 そんな回顧に終わりを告げたのは、少し歩いた先の路地に落ちていた、小さなロケット。非礼を承知で中を開けると、そこには案の定、アリスとルドルフの写真が飾られていた。

 しかし、この辺りだったらつい先程も通っている。なら、ここに新たにアリスの所持物が落ちているということは……。


「アリス、この近くにいるのですか!? もしいらっしゃるなら、ワタシの呼びかけに答えてください、アリス、アリス……!」

「あら、もう来てくれたのね、エイミー」


 背後の暗がりから、あっさりとした声が聞こえた。

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その話の続きは、いつか。 遊月奈喩多 @vAN1-SHing

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