2.ひとつの落とし物
鐘の音が告げる時間を頼りに、ワタシは今日も生きていく。もちろん、鐘の音がなくとも物事の判断はつくけれど、周囲に不自然に思われない――人間と同じような――生活を営むために、時間という目安は重要なものだった。
きっと、
恐らくは、彼が丹念に
彼の中で、きっとワタシは目覚めることなどない失敗作だったのだから。
或いは、命を
エミリーの名前しか呼んでくれず、会ったことのない彼女との思い出しか語ってくれなかった、最愛の父親。
彼が予定していた未来の外側を、今日も歩いている。
「あら、エイミー! 今日もお散歩しているのね、おはよう!」
「おはようございます、アリス。今日もルドルフのお散歩ですか?」
「えぇ! ルドルフったらもう元気過ぎて、毎日大変なの! でも、可愛いから気にならないわ!」
アリスは、近所の子どもだ。いつも飼い犬のルドルフの散歩をしている。大人の腰くらいまである大きな体を弾ませてリードを引くルドルフに負けず劣らず元気で、いつも明るい笑顔を見せてくれる。
純真無垢――とは彼女の為にある言葉なのではないかと思う。
人を疑うことも、邪推する歪んだ愉しみもまだ持っていない、素直な輝きを持った少女。ワタシの心には最初から備わっていなかったような心の在り様に、時折眩しさすら覚えてしまうこともあるけれど、そんな彼女とこうして話している時間はとても楽しいものだった。
「あっ、ごめんなさい! ルドルフが先に行きたがっているみたいだから、これで失礼するわね! ごきげんよう!」
「えぇ。ごきげんよう、アリス」
元気に去って行くアリスを見送って、また歩き出そうとしたとき。
柔らかく差し込む曖昧な色の陽光を受けて光る何かが、地面に落ちていることに気付いた。
屈んで拾い上げてみると、それは何かの勲章らしき紋様が描かれたバッジのような物だった。さっきまでこんな物なかったはずだけれど……。
「もしかして、これはアリスの落とし物?」
慌ててルドルフの駆けて行った方向を追ったけれど、どうやら短時間で随分遠くまで行ってしまっていたらしい、彼女に落とし物を届けるのはおろか、その姿を見つけることすらできなかった。
どうしたらいいのだろう……?
少し考えてみたものの、結局適当な答えなど出てくるはずもなく。また明日会えたら渡そう、そういう結論に辿り着いた。恐らく彼女はまた明日もこの道を通ってルドルフの散歩をするはずだ。
きっと、そのときに渡せるから。
そう思いながら迎えた、翌日の同じ時刻。
相も変わらずクリーム色の、晴れているのか曇っているのかあいまいでよくわからない空の色が変わるのを見ながら少し待ってみても、アリスとルドルフはいつもの道を通りかからなかった。
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