デウスエクスマキナでさえも、立ち入れない

1.目覚めは霧の街で

 柱時計の音が、相変わらず規則的に朝を告げる。

 朝に導かれるようにして、ワタシは今日も目を覚ます。正確に言うと、単なる人形に過ぎない――比喩ではなく、本当にあるひとり男の手によって造り出された存在である――ワタシが意識を持ち始めることをそう呼んでいいのかわからないけれど、きっとこういうものをと言うに違いない。

 少なくとも、ワタシのを待ち続ける日々の果てに命を絶った彼は、目覚めをそう定義していた。


 もう、遠い彼方に消えてしまいそうなほどの昔。

 朝もやの色にも似た、懐かしい記憶の中。

 彼は目覚めぬワタシに向かって、愛おしそうに囁いていた。


 ――あぁ、エミリー。もうすぐ君に会えるはずだ。そうしたら、またあの笑顔を見せてくれ。僕にもう1度、世界の眩さを思い出させてくれ……


 その声は、優しくワタシの耳を責め立て続けていた。

 彼がワタシを造り出した目的は、流行り病で亡くした妻エミリーとの再会。彼はまだ意識のハッキリしないうちから、ワタシに語りかけてくれていた。彼と亡妻エミリーの馴れ初めであったり、睦み合った日々であったり、共に見定めた目標の話であったり、時に励まし、時に励まされていた記憶であったり。

 どのようなを使ってそうしてきたのかは知らない、まだ土葬が大半であった頃だからこそできた調達方法で集めてきたの作用によって意識と呼ばれるものを持つようになってから、ずっと。


 さすがは【天才】と世に聞こえていたという博士――とでも言うべきなのだろうか。通常であれば。

 彼の最期の発明は、そのほとんどにおいて成功していた。

 人知れず続けていた、彼ひとりの為だけの発明。

 彼の失敗は、きっと彼が自身の望んでいたものよりも遥かに精巧なワタシを造り出してしまったことなのだろう。その方法を知ることができなかったことをよかった、と思うようになるまでにはかなりの時間を要した。


 ワタシまでもが同じ失敗をするわけにはいかない。きっと、彼はワタシのそんな結末を望みはしないから。


 ワタシは――エミリーではないワタシは、今日も生きる。

 彼のいなくなった世界を、死ぬことのない命のままに。


 変わらずクリーム色の微睡みを惜しむように朝の空気を揺らす、時計塔の鐘の音の見守る街の中で、今日も。

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