いつか壊れるその日まで、とこしえに。

1.キャンバスに描くように

 講義の合間、そして少し長めの昼休み。

 そんなときに私が行くところは、大体決まっている。私が在籍している学部で履修する講義の多い5号館の屋上、大学で1番広いと名高い4号館地下の講義室、それから都内で1番おいしいとどこかの雑誌で取り沙汰されたらしい学食。


 きっとそれと同じような感じで、私は今日も、講義終わりに彼の家を訪ねる。

 大学を出た目の前にある駅前通りを素通りして、通学で使う駅とは反対方向に道を逸れる。それからまたしばらく、おしゃれな家が並んでいるのにどこか寂れた雰囲気の漂う住宅街を歩いていると、ちょっとだけ勾配のある上り坂が待っていて。


 それを上りきる直前くらいで左に曲がって細くて暗い道をしばらく歩いていると、半分庭の木に埋もれるようにして建っている小さな家が現れる。

 そこが、私の目的地。

 彼の住んでいる家だ。


「あぁ、来てくれたんだね。朱里あかり。さぁ、今日もか。メイクを落としてきて」

「うん」

 段々翳っていく陽光が差し込む窓に向かって設置された机の前、椅子に座ったままで彼は微笑む。最後にひと際強く燃える灯火のような光を受ける彼の顔が、今日1日の疲れを丸ごと癒してくれる。

 その顔をまじまじと見るには、まずメイクを落としてから。

 といっても、最近は彼に会うことばかり考えているから、最低限外に出ても恥ずかしくない程度のメイクしかしていない。それでも、やっぱりすっぴんの顔をまじまじと見られるのには、まだ慣れない。

 だけど、彼はそんな私の気持ちには構わない。

「ほら、もっとよく見せて……」

 目の前に彼がいる。

 優しい顔で私の目を捉え、柔らかい声で私の耳を溶かして、温かな手で私の顔に触れる。彼の指が触れた場所からじわりと温度が広がって、ぞわぞわと背筋が震えそうになる。

 でも、それを今は堪える。

 だって、彼の手元を狂わせたくはないから。


 頬に、ひたいに、唇に、髪に、瞼に、彼の指が触れる。

 それなのに私からは彼に触れることはできない、許されない。

 そんなもどかしい時間が続いた後、彼の嬉しそうな吐息が聞こえる。


「あぁ、よかった! さぁ朱里、見てみて!」


 まるで子どものように無邪気で、純粋な喜びの声。

 その声に促されて見た鏡には、童話に出てくるお姫様みたいな女性が映っていた。

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