4.プラットホームで出せる答えじゃないし
「ん」
『よかった、出た~』
思わずどういう対応をすればいいかわからなくなりながら出た電話の向こうからは、どうやら息を切らせながら走っているらしい
あー、また無理して。
体力平均的なくせして、10分以上かかる学校から駅までの道をそんなに息せき切って走ったりしたら……。
「吉澤? そんな必死こいて走んなくてもいいから。疲れるし、苦しいでしょ?」
『はぁ、何言ってんだし!
「あー、ごめんね~」
『ヘラヘラしてるふりとか通用しないよ?』
「さすがは幼馴染だね」
『伊達に、――つ、10年相手にしてないから……、ねっ』
あーあー、電話越しに吉澤がぜーはーしてるのがわかる。そういう苦しい思いをさせてるのが僕だって? あー、まぁしょうがないよね。
吉澤にとっては寝耳に水な話だったのだろうから――僕にとっては長年積もり積もったものだったけど。
そりゃ、僕だってもっとまともな人を好きになりたかったさ。
こうやって心配ばかりするようなこともない、振り回されるのは……まぁ悪くはないけど吉澤のはわりと度を越えてるときあるし、何だかんだ大人しい子も好きだし、それこそ挙げてしまえばキリがないくらい、僕にだってそこそこ吉澤に不満めいたものがあったりはする。
それでも、好きになってしまった者は仕方がないんだと思うしかない。
色々な相談に乗ったり、そのたびに手を伸ばしそうになったり、でもたぶん彼女の熱に少しでも触れてしまったらたちまち火傷でもしてしまいそうな自分を呪いたくなったり、育ってきた環境や性別が違ったりするから吉澤が心の底にしまっているものを完全には理解できなくて、そんな自分がたまらなく無力に感じられたりして、きっとそんな風に想う相手は今のところ吉澤しかいなくて。
あぁ、ほんとに。
何でこいつのこと好きになったんだろ?
『間もなく、4番線に、区間快速×〇行き、8両編成で参ります』
駅構内には、今度こそ僕が乗る電車のアナウンスが流れる。これに乗っておかないと、たぶん次の予定に支障が出る……まぁ、そう大した用事でもないんだけど、一応付き合いとして、ね。
『えっ、ちょっと今電車来てるよね! 待って待って今行くから!』
「そんな無理すんなって吉澤。いいよまた明日話そ? ていうかたぶん今追いかけられても相当気まずいから、」
『知るかそんなん!』
「はい?」
『気まずくしたのはそっちだろ、何で和田が気まずくない方にわたしが合わせなきゃいけないの!? 別に毎年恒例のお姉さんのチョコ買い出しなんて後でいいからとりあえず今日のうちにこれ決着つけさせてよ、もうばかあほ!』
「うーわ、すっげぇ言われよう」
「事実じゃんか……っ!」
振り返ればやつがいる――そう、有言実行が7割くらいを占めて、あと3割は大風呂敷過ぎて僕のフォローを必要とする幼馴染、吉澤が。
「あ、えっと、何かすんません」
「うん、ほんとね」
まだ整わない息を頑張って整えようとしている吉澤。
「てか、ほんと……、そういう風には見れないわ」
「え、マジで?」
その整わない息で、きっぱりと断られてしまった。
「何かね、うん、なんだろ。もっと違う感じかも、知れないね……」
「あそ、よくわからん」
息はかなり乱れていたけれど、貰えたのは何となく嬉しい言葉な気がして浮かれてしまう自分が恥ずかしいから、ちょっとだけ視線を逸らすと。
乗ろうとしていた電車はいつの間にか遥か彼方へ。
「あっ」
「あー」
「見てた?」
「うん」
「言ってよ」
「えーやだ」
「何でさ」
「むしろ和田は帰る気だったの?」
「そう言ってたでしょ」
「そうだっけ」
夕焼けがどんどん広がっていく空の下、ほとんどの人が電車に乗るか駅の改札口へ向かうかして静かになったプラットホーム。たぶん僕は、そこで初めての恋をしたし、初めての失恋をした。
「マジかー、けっこうへこむもんだね」
「まぁまぁ、きっといいことあるから」
いや、フッた当人から慰められても。
そういうちょっとずれてるところもたぶん吉澤の魅力だと感じるくらいには、僕もまだまだ未練たらたらだけど。
「まぁ、吉澤もこれで学校終わりでしょ?」
「うん、じゃなきゃ走ってこないよね普通」
「じゃ、帰んべ」
「うん、そうね」
まぁとりあえず、今日はこうしていつも通り。
今更過ぎて悪ふざけにしかとられない数回目の告白は、今日も失敗に終わった。とりあえず、何回しても初めてくらい痛むこの気持ちに、今日も整理を付けよう。どちらにしたって、こんなのたった数分の待ち時間しかないプラットホームで出せるような答えじゃないんだから。
呆れたように僕らを見下ろす夕焼け空は、今日も遠かった。
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