3.夕空メランコリー
さて、困ったことになった。僕は思わず頭を抱えてしまう。何なら今見上げている夕焼け空に「ばっかやろー」の1つや2つ叫んでしまいたくなるくらいには何だかんだ混乱しているみたいだ。
自慢じゃないが、僕は今まで生きてきて、そこまで混乱するという経験をしてきていない。というか、ペースを乱されない、って言った方がいいか。
たとえば遠足の前の日に眠れなくなるとか、林間学校のときにはっちゃけてしまうとか、夏のプールで女子の着替えを覗こうとして先生に叱られるとか、そういう経験は皆無だし、あまり非日常感を楽しみたいと思うことも少なかった。
いつも通り、平穏に、平穏に。
たぶん、周りに感情の振れ幅が激しい人がいたからそうなったんだと思う。
その感情の振れ幅が激しい人というのは、
昔からよく言えば元気、悪く言うと考えなしなやつだった。
何事にも全力と言ったらいいんだろうか。それで周りが見えない、ついでに自分の危険も見えない――そういう子。
吉澤はもう覚えていないかも知れないけど、小学校のときなんてそっちの方が楽しそう、なんていう理由で公園の遊具の本体じゃなくて支柱に昇って遊んで周りの肝を冷やさせたり、1日中その人の話ばっかりしているくらい好きだった上級生にフラれて数日間放心状態で学校に来てたり、とにかく見ていて忙しかった。
僕にだってそれなりに楽しいことはある。したいこともある。一応、それなりに男としての欲望やらなんやらもないわけじゃない。でも、吉澤ほど熱烈に物事にぶつかることができない。
吉澤は、そういう意味ではすごいやつだ。
きっと熱量がすごいんだ。
1度好きだと思ったものに傾けられる気持ちが、とんでもなく熱いし大きい。だから、それが萎れたときの反動も大きい。
そういう忙しい彼女に、何故だか目が行くようになっていて。
何かと大変な彼女から、目が離せなくなっていって。
いつしかそんな彼女に、恋をしていたようだ。
吉澤の方も、まぁたぶんそこまで嫌ったりはしないでくれていたのだろう。人間関係がそこそこ変わった中学校では何やかんや小学校から続いてる数少ない友達として相談に乗ることも多かった。
誰々が好きで告白したい、だとか、告白してフラれた、とか、付き合ってる人との距離感がうまく掴めない、とか。あと勉強のこともまぁ多少。
そのときに見る吉澤の瞳は、いつも本気の光に満ちていて。
そんな吉澤を見て、やっぱり僕は思ってしまっていたんだ。
たとえこれ以上の距離を詰められないとしても、僕は彼女が好きなんだろうな、と。
試しに他の人と付き合ったってどこか物足りなさを感じてしまう。そんな身勝手な僕はやっぱり愛想を尽かされるし、僕自身も、申し訳なさが募るばかり。
うん、わりと重症だな、これ。
そういう状態にも段々慣れて、開き直ってきて、吉澤の背中を見守ることにむしろ楽しみを覚え始めていた、そんなある1日のことだったんだ。
「ばっきゃろーい」
ふと呟いた言葉は、空へはもちろんまだ灯っていない街灯にも届かないほど弱々しくて、まぁ数秒くらいで消えてしまう。そんなもんだ、僕の熱量。
とか言いつつも。
「はぁ……」
胸に灯り続けてる小さい熱が、未だに消えずに残っているのは何だかある意味呪われてるんじゃないかな、なんて思ってしまうんだよな、僕としては。
夕暮れ時のプラットホームには、僕を含めて数人の電車待ちがいるだけ。
駅のアナウンスとか、近辺の喧騒が却って静けさを演出しているその空間に、突如着信音が鳴り響く。
「ぅわっ!? ……ん?」
慌てて画面を見ると、電話を寄越してきたのは吉澤だった。
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